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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (24)
―日本人宇宙飛行士基礎訓練計画立案での苦労―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :11月号

宇宙飛行士の訓練プロセス 1999年4月、筑波宇宙センターでISS国際訓練会議の参加機関代表が列席する中で、ISS宇宙飛行士候補の基礎訓練開講式が行われ、我が国、独自の本格的な宇宙飛行士養成が始りました。それまで、スペースシャトルやソユーズ宇宙船の訓練は、アメリカとロシアが行ってきたのですが、ISSでは参加する機関は、出資割合に応じて自国の宇宙飛行士を長期間滞在させる権利をもつとともに、宇宙飛行士を養成する責任をもつことになりました。
そのため、日本人宇宙飛行士の基礎訓練を行って認定することになったのです。ISSの基礎訓練は、ISSに参加したすべての参加機関の代表で構成される国際訓練会議で調整され、国際規格の訓練要求を定めています。古川聡、星出彰彦、山崎直子の3名がISSの宇宙飛行士の肩書をもつ最初の候補として基礎訓練を受けることになりました。若田光一、野口聡一さんたち5名の宇宙飛行士は、過去スペースシャトルに搭乗するため、NASAで訓練をうけ認定されていました。

筆者が、ISSの開発に参加して初めての仕事が、この基礎訓練計画を立案することだったのですが、有人宇宙活動についてはほぼ白紙の状態で、何から調べたらいいのか途方にくれました。昼休みに、コーヒーをもって隣のグループと雑談をしていたら、スペースシャトルの宇宙飛行士訓練用のビデオ教材があることが分かりました。宇宙飛行士もそれをみて勉強していたので、ISSにも役立つはずと教えてくれました。その時期、毛利宇宙飛行士が搭乗するスペースシャトル搭載宇宙実験室を使ったプロジェクトが並行して動いていて、宇宙飛行士の訓練調整のエンジニアが多数配置されていたのです。アメリカの有人開発の歴史、無重力や宇宙で滞在するための開発の歴史が、実際の映像を使ってうまく編集されており、耳ざわりのよい英語と美しい音楽の入った2時間の映像で基礎から学べるようになっていました。さすがにアメリカの教材はうまくできていると感心したものです。毎日借りてきては、風呂上りにビデオテープを再生してみたのですが、勤務の疲れもあり眼が自然に閉じるのと戦いながら約3か月で基礎知識を得ることができました。さらに、ISSの技術調整会がアメリカのワシントンDCで頻繁に行われていたので、スミソニアン航空宇宙博物館に何回も立ち寄りました。NASAのマーキュリー、スカイラブ、スペースシャトル、アポロなどの有人宇宙船や宇宙服などの本物の写真をとり、IMAXシアターで上映しているワクワクするような音楽とナレーション付きのNASAの宇宙活動を何回もみて輝かしい技術の苦労と克服した成果に感動するとともに、土産店で有人宇宙活動のビデオテープや刊行本をたくさん購入して、有人宇宙の基礎知識を蓄積していきました。それでも、宇宙飛行士の訓練の本質が分かった感じがしない忸怩たる日々が続いたのですが、突然助け舟がヒューストンからきました。国際訓練会議の議長をしていたNASAのフランク・ヒューズ氏が送ってくれた段ボール5から6箱の教材とビデオテープでした。彼は宇宙飛行士訓練のベテランで、トムハンクス製作の映画「アポロ13号」の危機救出シナリオ作成のためのシミュレーションにもでてくるのですが、調子が合いましたので季節の変わり目には挨拶メッセージを送り、メールを受信したときはすぐに返信をして交流を深めていましたが、大量の訓練資料を送ってくれるとは思ってもみませんでした。NASAの訓練技術者や宇宙飛行士用に、無重力や宇宙ステーション、船外活動などのイロハを丁寧に図解入りで解説した訓練教材で、仲間と貸し出しリストとを作り、幕末の知識に飢えた若者のように必死に吸収をしました。さらに、 宇宙飛行士の訓練プロセス NASAを退役した技術者が作った会社などと契約して、できるだけ宇宙飛行士の訓練情報を得るべく努力しましたが、表面的なことはたくさん入手できたのですが、隔靴掻痒の感がありました。フランク・ヒューズが後で教えてくれたことですが、宇宙飛行士の訓練をまとめてきたのはNASAで、その作業の一部を多数の契約会社が請け負っているため、NASAの内部に入り込まないと全貌が分からないからでした。結局、基礎訓練計画を作り上げることができたのは、NASAや欧州宇宙機関がどういう訓練カリキュラムをしているのか、つぶさに議論し、会議後には検討課題がセットされ、その課題について電子メールでやり取りする国際訓練会議での調整プロセスに参加できたお陰でした。さらに、仲良くなったNASAのメンバーから、NASAが歩んできた失敗や不具合の内容、どう克服したか、を電子メールやF-t-Fで話すことができる関係をもつことができたおかげでありました。

宇宙飛行士の訓練プロセス 訓練は、座学が多くライフサイエンスや材料科学、天文などは日本を代表する研究者から直接講義(右上写真)を受けることになりますが、宇宙飛行士候補者は必ずしも宇宙を専門としていないので、専門的な内容をわかりやすく理解できる様に講師陣には教材をはじめ実習作業などの準備をお願いしました。カメラ撮影の実習、地球観測のフィールド学習、潜水技術、などのほか、マスコミとの対応があるので、記者の受け答えだけではなく、化粧の仕方や写り具合まで気を遣うメディアトレーニングもありました。
候補者は、毎日、英会話、ロシア語会話と体力トレーニングをキチンとこなしていました。欧州やカナダでの訓練は相互に訓練を提供するという協力の枠踏みで実施しましたが、無重力体験の飛行機によるパラボリックフライトや地球帰還時に着陸場所を逸脱した場合に生き延びるロシアでのサバイバル訓練(右下写真)などは、有償契約で行うことになりました。1年半あまり世界中を回り、いよいよ基礎訓練終了の前に、ISS参加機関のトップによるによる口頭試問を3人は受けることになりました。全く答えられない問題が一つでもあると不合格になりますが、この試験は、訓練担当者の評価でもありました。試験が始まり、宇宙飛行士候補者の回答を聞いたとき訓練マネジャーは冷や汗がでたそうですが、全員、合格になりました。3人は、宇宙飛行士に認定され、その後、厳しい訓練を経て、ISS宇宙飛行士としてISSの組み立てフライトや実運用フライトで活躍しています(1)。ちなみに、星出宇宙飛行士は、米国の新型宇宙船でISSに行き、日本人二人目のISS船長として来年にISSに搭乗する予定です。
 この経験を通じて新しい挑戦的な仕事では、まず、相手の懐に飛び込んでみて、実態を把握し、相手と仲良くし、必要な情報の入手をどうやったらいいのか、聞きまくるのが効率的であり、その活動が人脈をつくる重要なきっかけになることが分かりました。フランス・ヒューズとは、その後長く付き合いをすることになり、貴重な助言を数多くもらえたのは幸いでした。

<参考文献>
(1) 原田力、「宇宙飛行士基礎訓練を自前で」、「きぼう」日本実験棟組み立て完了記念文集より、2010年、JAXA社内資料

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