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柔軟に対応する力

井上 多恵子 [プロフィール] :9月号

 「そのメールを受け取った時、どう感じたのですか?」「えっ?嬉しかったですけど、、、」「その嬉しかった気持ちを身体で表現してみてください」「えっ???こんな感じですかね、、、」と両手を突き上げて笑った私。その笑顔はひきつり、「嬉しい」感情とは、ほど遠いものだった。
 
 あれは、一週間前、オンラインで参加していた社外研修での出来事だった。前日に出された「90秒で人生を決定づけた瞬間について話す」という課題を話し始めた矢先のことだった。前日にタイマーを使って数回練習した私は、「これでバッチリ。感動的なストーリーがぴったり90秒で話せる!」という自信満々の気持ちで臨んでいた。その自信が、トレーナーからの質問により、一挙に崩れ去った。「質問に対応していたら、90秒で終わらないじゃないの!」焦りまくった私は、ストーリーを書いた紙に目を落とし、「どうしよう?」という困惑の表情を一瞬浮かべた後、極めてぞんざいに、質問に応じた。そんな私の困惑をあっさり無視して、次の「その嬉しかった気持ちを身体で表現してみてください」という依頼が飛んできたのだ。その依頼に対し私は、最初の質問よりもっとぞんざいに、「早く終えて用意していたスピーチに戻らなきゃ」という焦りまくりの気持ちで応じた。そして、その後、一語一句変えずに、猛スピードで残りのスピーチを読み終えた。
 
 「課題と違うじゃないの!トレーナーが間違えるなんてひどい!」とネガティブな感情に浸っていた私は、全員が発表を終えた後のトレーナーの説明を聞いて、「うーん」とうならざるを得なかった。トレーナーが間違えたのではなく、間に予期せぬツッコミをいれたのは、我々の即興性と柔軟性を鍛えるためのトレーニングの一環だったとのこと。コロナ禍でより明らかになったように、今我々は、極めてVUCA 【V:Volatility(変動性) U:Uncertainty(不確実性) C:Complexity(複雑性) A:Ambiguity(曖昧性)】な時代に生きている。将来の予測が困難になっている状況下においては、突然の変化に対して、より柔軟に対応できることが求められる。変化を予測しようという努力も大切だろうけれど、しなやかな考え方も大事というのだ。また、多様性が増す社会で異なる視点を持った人達と一緒に協力し合って仕事を進めていくためには、思いもかけない方向からのコメントなどにも迅速に、適切に対応しなければならない。ましてやリーダーであれば、想定外の反応の際に、私が発表の際に見せたうろたえは、できるだけ避けるべし、ということを教わった。
 
 「うーん、、、」これは、私が得意としない資質だ。私は個性診断でも、「凝縮性」が強いタイプとなっている。確固とした考え方や信念を持ち、「~すべき」が口癖で、真向から否定されることがストレスになるタイプだ。何かがあったらそれをぎゅっと握りしめ、離さない。柔軟性とは真逆のようにみえる。しかし、いろんな人の協力を得てより大きな仕事をするためには、その個性を活かしつつ、上手く対処する方法を身につけていかなければならない。
 
 上記研修で学んだ方法などで、トレーニングするのも一案だ。何かの写真を見て、それを贈り物としてもらったと想定し、受けとった喜びと、その理由を瞬時に話す練習。実際研修の直後に行ったスポーツジムでは、泳ぎながら目に入る物をプレゼントと見立て、「これをもらったらなんて言えるだろう」と考えた。ビート版、ロープ、時計、水着、などなど。突拍子もないことを考えても大丈夫な安全な場で、ワークとしてやると、なかなか楽しい。また、それに関連することを考えたり、それにまつわる経験を思い出したりもするので、連想力と記憶力を鍛えることにも、役立つ。これ以外にも、別の主催者が実施した研修で体験したワークも活用できる。冒頭自己紹介をする際に、お題を考えて次の人に投げる、というものだ。例えば、「あなたの強みについて教えてください。」や、「あなたを動物に例えるとしたら」などだった。これも、即興性の訓練になる。そういえば、10年以上前にアメリカで参加した人材育成の国際大会では、「即興ダンサー」を招待し、即興性の大事さを伝えていたセッションがあったことを思い出した。あの時、「そうか。即興性か。よし、鍛えよう」と思ったのに、あれから私自身進歩していない。「やろうと思う」ことと、「実際にやる」ことの間のギャップを埋めることが容易でないことを示す例だ。
 
 P2Mでは、多文化対応力を身につけることの重要性を説いている。「どんな状況にも戸惑いを見せずに柔軟に素早く対応できる」ことがベースとして確立されていれば、多文化対応力もより発揮しやすくなる。皆さんも、持てる力をより発揮できるようになるために、今回紹介した簡単にできるトレーニングにチャレンジしてみませんか。

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