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共感を得る力

井上 多恵子 [プロフィール] :8月号

 「ご自身の経験に基づいた話だったので、わかりやすかったです。」6月に実施したPMC講習会で講師をした際のアンケートに記載されていたコメントを読んで、思わず心の中で、「やった!」と叫んでいた。この講習会に臨む前の私は、緊張していた。何十回とやったことがある講義なのに、緊張していた理由は、私にとって初の「ライブ+バーチャル講義」へのチャレンジだったからだ。会場に来ている人達に加えて、リモートで参加している方々がいた。両者が満足できる講義をどうやって行ったらいいのだろう?講義の日が近づくにつれて、不安感が増していった。

 幸いなことに、IT絡みの操作は事務局の方がしっかりとサポートしてくれたので、私は、話す内容と伝え方に注力することができた。私が気をつけたこと。それは、リモートで参加している方々にも参画意識を持ってもらうことができるよう、会場で出た発言は必ず要約して私の方から伝えること。そうすることで、会場で起こっていることを理解してもらうこと、また、声掛けをする際には、リモート参加の方々にも、必ず声をかけて意見をもらうようにする、ということだった。その基本を行った上で、テキストに記載されている情報に加えて、自分の体験談を語るようにした。これ自体は以前からもやっていたことだったが、今回は、私の心境もあり、普段より自分をさらけ出す形で自分の体験談を語ることができたのだろう。

 私が教えているのは第6章で、「組織マネジメント」と、「人材能力基盤」のところだ。人材能力基盤に含まれている「多文化対応」の章は、元々私の得意領域で、改訂版作成の執筆に携わったこともある。中学生の時に親の仕事の関係でアメリカに3年半住み、そこで得た異文化への対応の原体験が、学生時代の国際交流のバイト、社会人になってからの海外赴任と様々なグローバルプロジェクトに携わってきた経験で磨かれたことで、エピソードには事欠かない。それ以外のリーダーシップや組織については、人事として学んできた内容に加えて、自分の経験も少し交えて話をしていた。今回は、その部分で、話す量がぐんと増えた。理由は4月頃から、「仕事を長期間休もうか」と思うほど、私自身が精神的に追い詰められていた数か月間を過ごしていたこと。その原因が周りとの関係性やモチベーションや組織マネジメントの在り方やゆがんだ学習ループなどにあったからだ。チームメンバーとの関係性がこじれた結果、内発的動機づけを感じることができず、経験から次に活かすためのことを学ぶのではなく、次のさらなる失敗を招くような結論を導き出していた。そんな苦い経験とそこから今元気になって振り反って見えてきたことをオープンに話したことが印象に残ったのだろう。

 自分の経験を語ることが共感を得ることに繋がることを、もう二つ例に取り上げて、紹介したい。二つめは、自分の経験を語ることが自分を差異化するために不可欠だという点だ。リモートで仕事ができるようになり、東京に住んでいるという優位性が下がってくると、他の人々に比べて自分自身をより差異化できていることが求められる。以前教えてもらったのが、「自分のスキルを掛け合わせる」ことで、他の人が持っていないニッチなマーケットを創り出す、という手法だ。その手法をこれまで私も意識してやってきた。例えば、「ネイティブに近い英語力 x 教える力 x PM x コーチング x キャリアカウンセリング」。しかし、これと同等なスキルセットを持っている人は、他にもいる。差異化するためには、これらのスキルを発揮することで得た私だけの経験を生き生きと語ることができることが必要だ。

 三つ目も、差異化につながる。自分の経験を語ることで、「パーソナルブランディング」に寄与するという点だ。先日出た「集客の方法」についてのセミナーで、「パーソナルブランディング」には「自分のビジョンを周りの人に語る」ことが大事で、それを伝える際にはいきなりビジョンを伝えるのでなく、「自分が課題だと感じていることを話して、そこからビジョンにつなげるといい」というアドバイスをもらった。その際には、「あるべき論」で語ると共感は得られない。「自分が実際に体験したことを通じて芽生えた課題意識」の方が良い、とのこと。確かにそうだ。例えば、私は高齢の両親と接する中で、「誰もが少しでも役立ち感を持って生きることができる世界をつくりたい」という気持ちが強まっている。両親と話をする際には、彼らの存在がいかに自分にとって大事かということを伝えようと意識している。

 P2Mでも、「実践知」を大事にしている。実践することで、「あることが正しい」という信念を持つことができるとしている。これからは、教える際の経験談を増やす為にも、実践をより意識したい。

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