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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (22)
―手作り模型は格好のコミュニケーション手段―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :9月号

2008年5月「きぼう」打ち上げ時、NASAのケネディー宇宙センターで手作り模型を使って記者会見 2008年5月「きぼう」打ち上げ時、NASAのケネディー宇宙センターで手作り模型を使って記者会見したのですが、右写真は翌日の読売新聞社会面に掲載された記事です。模型は、マスコミへの広報だけでなく、プロジェクト内部のコミュニケーションの手段として非常に有効でしたのでその経験をお話ししたいと思います。(1)

○コロンビア事故を受けての特別点検
 「きぼう」模型をつくるきっかけをお話しします。2003年2月、スペースシャトル「コロンビア事故」が起き、NASAでは徹底した原因究明が行われていました。その頃、JAXAでは、火星探査機の失敗、H-IIA打上げ失敗などで大がかりな総点検をやっていました。社内では、「きぼう」日本実験棟も当然、徹底した技術の見直しをすべきだとの動きになり、外部の有識者も参加してもらい 設計や安全性を全体から特別に点検することにしました。具体的には、スペースシャトルに搭載した「きぼう」が、ISSに到着して、シャトル荷物室からぶつからずに引きだし、ノード2モジュールに結合できるのか? 結合後に内部のケーブルや配管を接続する手順に問題はないのか? ISSの他国のモジュールとの構造や電気的インタフェース、熱、冷却に問題はないか?などです。点検体制は、電気系、熱流体系、ロボットアーム、構造機構などの専門性が近い分野を一つの分科会にしました。

○「部分と全体」を常に意識するための手段
3次元の模型  分科会では、ほとんどの設計担当は、細かな構造図や配線図をもとに説明します。しかし、「なんの話をしているのか、さっぱりわからない」「そもそもどんな操作シーケンスで作業が行われ、どんな機能でそれを実現しているのか、指摘しようにも開発担当以外わからない」と評価委員たちは不満を言い出しました。そこで、図面以外に写真やCGを使って気になる懸念事項に焦点をあてて説明するようにしてもらいました。
さらに、問題を指摘してもらうために、当時、広報用に配布していたペーパークラフト(1/50サイズ)を利用して内部機器も、外部機器も入れ込んだ3次元の模型がいいのでは、と思い付き、設計者たちに提案したのですが、誰もやろうとはしてくれませんでした。仕方ないので、帰宅後、設計者からもらった図面をもとに自分で作ることにしました。

JEMRMS親アーム展開シーケンス  しばらくして、右写真のような形が出来上がったところで、説明担当者に使ってもらうことにしました。最初は、嫌がっていましたが、細かな点も模型では直観的に理解できるので、分科会の評価委員たちには好評でした。例えば、右図のようにロボットアームは打上げ時には、畳んで船内実験室外壁の把持機構のフックでアームの留め金を掴んでいるのですが、ISSに結合した後は、このフックを開いてアームをはずし、ロボットアームを展開します。船内は1気圧、船外は真空なので、宇宙では実験室は膨らみます。
 説明担当がアーム展開シーケンスを説明し終えたころ、「アームの把持機構に地上とは違う負荷がかかり把持部分が変形し、外れなくなる可能性があるのではないか?」と分科会の何人かが変形の危うさに気がつきました。この件は、設計担当が以前から少し懸念していた事項だったことが後から分かりました。
 この事項は、分科会での重要なアクションアイテムとなり公式に対処することになりました。その後、設計担当とメーカーが協力して何回もシミュレーションを繰り返し把持機構の仕組みを改善して打上げに臨みました。本番のアームの展開は、静かに分離し何の問題も起きませんでした。
 通常は、自分の担当部分だけ開発すればいいのですが、最終的には、全体をくみ上げた「きぼう」が、モジュールとして機能を果たせるのか? 模型やCGを使いながら、回を重ねる中で、自分の担当機器が全体の中で問題なく機能するのか、という観点に立つようになってきました。特に、図面やCGでは見つけられなかった問題点が、模型だとピーンとくる点が非常に有効でした。

○模型は格好の広報手段
2008年11月に当時の天皇陛下が筑波宇宙センターにスペイン国王夫妻とご視察に来られた時、この「きぼう」模型をご覧頂いた  説明時間が限られる政府関係者に対して、パワーポイントの説明では15分かかるところ模型なら3分ですみます。英語でも同じ。模型に興味をもってくださる方が結構多く、説明後に立ち寄ってみてくれます。そこから、詳細な説明に入ることができます。手作り模型は格好の広報戦略の手段でした。マスコミ対応では、特に、模型が好評でTV番組や新聞、雑誌に多数掲載していただき、「きぼう」の開発の意義をお伝えする機会を沢山頂きました。
 ちなみに、2008年11月に当時の天皇陛下が筑波宇宙センターにスペイン国王夫妻とご視察に来られた時、この「きぼう」模型をご覧頂いたことは想定外の栄誉でした。

 (写真出典:宮内庁)現在は、講演を頼まれたときに模型をもっていき、宇宙開発の応援団になってもらうようにしています。ついでに、退職後に核融合国際プロジェクト(ITER)の評価を行ったときに、この模型工作の技術を活かしてITER完成時のイメージを提供しました。(2)

参考資料 :
(1) 「手作り模型が伝える力」、JAXA広報誌、第35号、2010年  リンクはこちら
(2)  リンクはこちら

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