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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (21)
―記憶にのこる理想の国際的なPM―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :8月号

○紆余曲折だったISSを成功させた人物
JAXAの立川理事長(右)と、「きぼう」第一便の打ち上げ後の記者会見@米フロリダ州ケネディー宇宙センターで、朝日新聞2008年3月12日朝刊  昨年末、NASA本部で有人宇宙開発と宇宙探査プログラムを担当責任者だったウイリアム・ゲスティンマイヤー局長が退任されました。私が「きぼう」の開発に従事していたころは、背中に思い荷物を背負って歩いていましたが、「きぼう」の開発から実運用までのプログラムを成功させることができたのは、要所を抑えてサポートしてくれたゲースのおかげでした。彼は、皆からビルやゲースと呼ばれて政治家やマスコミからも人望のあるシステム技術に通暁したプログラムマネジャーでした。ゲースのリーダーシップのお陰で政治的にも技術的にも紆余曲折あったISSは成功したのです。私は、たくさんのNASAの優れたPMとお付き合いをさせていただきましたが、自分の仕事に応用できる実践的なPMの仕方を見せてくれたのはゲースでした。ここでは、仕事の仕方で応用ができるものを選び紹介したいと思います。(写真左、JAXAの立川理事長(右)と、「きぼう」第一便の打ち上げ後の記者会見@米フロリダ州ケネディー宇宙センターで、朝日新聞2008年3月12日朝刊))

○会議の仕方
・ゲースは細かいことにはあまり気をつかわず交渉の大筋をきめ、それから徐々に細部をつめていく手法を得意としていた。そのため、打ち合わせを始めるときに、「今回の会議のゴールは、何々である。」と宣言。我々は、ゲースと交渉するときは、必ず回答の筋道を通して話をしなければならない。思い付きや推測はすぐ見抜かれ本筋にもどされる。

・人と人の出会いは、まず真剣な心のせめぎあいからはじまるようだ。人は短時間では、他人に心を許さないので、お互いの会話で波長が通いはじめるようになると、地肌ではなせるようになる。ゲースとの付き合いは、そんな感じだった。

・会議の議事を進めるときに1件1件、参加機関代表に順番に発言をふり分けて、意見をいう機会をつくりその意見を取り入れてから議論する方法をとっていきました。その前任の方は、自分中心のやり方をとっていったので、参加機関の代表者には非常に公平で新鮮な感じをもったものです。

・議論が収束しないときは、そこで無理に結論を出さないでアクションアイテムとして期日を設定して次回に議論を送ります。これにより、ロシアを含めて参加機関全員がリードされることに納得していくようになりました。

○審査会での対応
・スペースシャトルやISSの難しい不具合が多発しましたが、不具合の処置は根本原因を探り、技術的な根拠が得られるまでアクションを設定し承認しない。打ち上げ延期もする。最も優先すべきは、搭乗員の命に係わる安全確認であるからとの信念で業務を進めた。

・スペースシャトル「コロンビア号」事故調査で、「現場技術者の声が上層部に届かない」「都合の悪い情報を避ける心理が働いている。」などNASAのマネジメントの問題が事故調査委員会から指摘された。事故後、重要な意思決定会議の仕方に改善が行われた。NASAの独立評価チームから、大幅に改善させた優れた例としてゲースのやり方が取り上げられNASA全体に展開された。「参加者が誰でも自分の意見や関心点について発言できるように、名指しで意見や感想を求めるようにした。」「議論が込みいってきて長くなった場合、途中で皆が理解できるような文言を自ら発言し中間まとめをした。」「抜けや間違いはないか、参加者の意見を求めた。参加者が気持ちいい議論をしやすい雰囲気をつくるようにしていた。」

○仕事の方法
・メールを多用

日々の連絡は緊密に行う。返信がすごく速い。「え、もう返事が返ってきた!」と皆いつもびっくり。ロシアのバイコヌール打ち上げ射場にいる時も、欧州出張の時も、自宅にいるときも、私がメールを発信すると、寝ている時間を除き30分から一時間以内に返信がくる。こみ入った内容のメールは、まず、「受信した。後で回答する。」と、返信がきて、大抵よく日には、関係者と相談のうえ、内容の答えをくれる。休日でも、簡単な回答をしてくれる。ボールを受けたら、すぐに相手に返すのが、彼の仕事の流儀。私も、この方法を現役時代から真似しています。

・根回し
 直接顔を合わせた打ち合わせを定期的に持つようにしていた。開発状況を把握するため、米国だけではなく、参加国の会社の工場、宇宙センターなどの現場に足を運び、直接自分の目でみて、話を聞き、現実を客観的に捉えるため、絶え間なく行動していた。

・打ち合わせ内容は、ルーズリーフペーパを常に携帯し、会議を仕切りながらメモを残し、記者会見では、そのペーパーを見ながら技術的な説明をわかりやすく解説しながら話をしていた。

○ゲースのリーダーシップのポイント
 NASAはいろいろな国の出身者から構成されているので、情報共有と透明性を確保するようにし、自分が考えているゴールとそこに向かうやり方を常に発信して(全員へのメールを使用)チーム員がぶれないようにしていた。技術的にも非常に難しく、ISS参加国の政策的な変動がある中、国際的なリーダーシップを発揮して巨大なプロジェクトを成功させたゲースのリーダーシップは以下の3つに集約できます。

目標と自分の意図を常に明示し、チーム員に継続して意思疎通をする。
現実を客観的に捉えて、それに柔軟に適応して向うべき方向を判断していく。
チーム員の心を集める人間味があり、話すだけでいい雰囲気をもつ。

 私が初対面のゲースにあったとき、一見明るく人柄もよくどこまでも丁重で親切でした。その後、長く付き合うことになり、彼の体制変更や人事を見るたびにこの人は相手の能力を見抜く目をもち能力を最大限発揮させる人間通という印象をもちました。国際的にもすごいアメリカ人でした。

参考資料 :
(1) 長谷川義幸、「記憶に残るPM人材像」、PMAJジャーナル、第44号、2012年
(2) 長谷川義幸、「NASAのプロマネ達の言葉」、PMAJジャーナル、第55号、2016年
(3) ウイリアム・ゲスティンマイヤー局長の動画  リンクはこちら
“William Gerstenmaier: Programmatic Preparation“ (仕事のやり方が学べます)

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