図書紹介
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暗約領域 (新宿鮫Ⅺ)
(大沢在昌、(株)光文社、2019年11月30日発行、初版1刷、709ページ、1,800円+税)

デニマルさん : 8月号

今回の紹介する本は、昨年末に購入して暫く机の上に放置されたままだった。この新型コロナウイルス緊急事態宣言下の外出自粛で、自宅に籠っている時に読んだものだ。当初、ここで紹介する積りは無かったが、コロナウイルスや感染症等の専門的な内容やパンデミックの重い状態を気分転換する意味で取り上げてみた。この新宿鮫は著者の代表シリーズ作品で、1990年開始から今回で11冊目となる。そう云えば、2009年1月に「狼花、新宿鮫Ⅵ」を紹介している。筆者は、余りハードボイルド系の小説を読まないが、この著者や桐野夏生、原尞、東野圭吾や高村薫を若い頃に少々読んでいた程度である。さて新宿鮫シリーズだが、以前も紹介したが、筆者は第1作目の作品から読み続けているファンでもある。そんな関係で新宿鮫とは長い付き合いである。このシリーズには幾つかの特長があるので、それを書いてみたい。先ず、題名の新宿鮫の由来から始めよう。このシリーズの主人公は、新宿警察署の生活安全課に所属する警部で姓は鮫島、名は明らかでない。映画化された作品では崇(たかし)と言われていた。警察での採用は警察庁で、国家公務員Ⅰ種合格のキャリアである。入庁して公安関係の部署で内部抗争の秘密を知り上層部から疎まれて新宿署に転属され、警部のまま階級が据え置かれた一警察官として勤務する。新宿それも歌舞伎町という場所柄、ヤクザや暴力団関係の抗争から傷害・殺人事件や怪しげな商売や麻薬等の犯罪も多く、話題に事欠かない状況だ。主人公の鮫島は警察官の職務に忠実で、仲間の警官と一緒の行動を取ることなく単独行動である。警察内部でもヤクザに対しても根回しや裏取引をせず、容赦ない取締りで真っ向勝負する。独りで音もなく獲物に食らいつく鮫の様な警察官。裏の社会では新宿署の鮫島だから「新宿鮫」と恐れられている。他の登場人物では、上司の桃井課長。鮫島が唯一信頼・尊敬する人物だが、署内では無表情で仕事だけをこなす人。あだ名がマンジュウ(警察隠語で死人)と呼ばれている。署内には、もう一人ヤブ鑑識課員が鮫島の影の支援者だ。それと鮫島の恋人である青木晶(14歳年下のロックバンドの歌手)がいる。鮫島が「巨乳で跳ね返り女」と呼び、緊迫するストーリィの中で読者(著者自身も含め)に息抜きを与えている。そして毎回事件や犯罪や警察内部の抗争等の当事者が多数登場する。
次に、このシリーズの題名のネーミングに著者のこだわりを感じる。2作目の「毒猿(どくざる」は台湾の殺し屋の名前だ。3作目の「屍蘭(しかばねらん)」や5作目「炎蛹(ほのおさなぎ)」や9作目の「狼花(おおかみばな)」は、それなりの意味があるが、それは読んでのお楽しみである。著者は4作目の「無間人形」(1994年)で直木賞を受賞し、このシリーズを更に有名にした。それと著者の紹介として「大極宮(たいきょくぐう)」について触れて置きたい。これは大沢在昌と京極夏彦と宮部みゆきの3人が共通のホームページを運営していて、それぞれブログ風に色々書いている。味のある内容のご一読をお勧めしたい。

8年振りの新宿鮫            ――新しい上司と相棒――
今回紹介の本は、前作(「絆回廊」、2012年出版)から8年振りである。前作が10冊目に当たり、最初の作品から10年近くも経過した。それと鮫島が最も信頼する上司の桃井課長が殉職して、署内では生活安全課の課長代理となり管理業務も仕事となった立場である。しかし、だからと云って事件現場を離れる気持ちは全くない。更に、恋人の青木晶との離別もあった。そこで新しい新宿鮫の再出発か、俗にいう第二ステージの新宿署鮫島警部なのか。新たに配属された上司は、阿坂啓子警視というノンキャリアの女性課長である。男女雇用機会均等法が施行されて14年、警察にも女性管理職が登場する時代である。それも強面な新宿鮫の上司である。その上司の最初の業務命令が新人・矢崎隆男巡査部長を相方に指名したのである。20年近い単独行動をしてきた新宿鮫の相棒の誕生である。これが上手く行くかは、上司と部下の仕事上の関係ではなく、警察署内から地域治安に関わる問題となる危険性を孕んでいる。この新人が鮫島の捜査に大きな問題を引き起こし、捜査に重大な支障を来す事になる。警察内部の抗争の根深さを垣間見られるのだが、本を読んでのお楽しみである。

時代に敏感な犯罪           ――民泊もシノギの一種――
新宿鮫シリーズが人気を博している理由に時代の流れに乗った犯罪をテーマにしている点にある。反社会勢力であるヤクザや暴力団等の犯罪や争いの背景には、必ず「人と金と物資」の流れから生じている。例えば、縄張り争いの原点は「みかじめ料(場所代、用心棒代等)」の収入金の問題であり、麻薬や覚醒剤等の売買の争いも「物資と金」の問題である。彼等はその収入源を時代と共に上手く社会に順応して凌いでいる。だから彼等の収入源はシノギとも言われている。それを新宿鮫シリーズで見てみると、第1作では密造拳銃による売買と殺人であり、2作目は殺し屋の台湾マフィアの暗躍であり、3作目はエステサロンの闇ビジネスの取引と続く。4作目で、薬(アイスキャンディ)と称される覚醒剤の一種の密売ルートを捜査する新宿鮫と暴力団との物語展開となる。以下も色々とあの手この手のシノギが出て来る。今回は、ここ数年旅行・観光業で話題となった民泊である。2020東京オリンピックのインバウンド旅客を見込んで、専門業者だけでなく素人の民間人も参入する人気の民泊だ。それがどうして反社会勢力のシノギとなるのか。これも読んでのお楽しみとしたい。

グローバル化する犯罪          ――麻薬からワクチンも――
我々の生活や社会一般がインターネットを通じて世界的なグローバル化して久しい。その影響は、ビジネスだけでなく反社会勢力に関係する人間も例外ではない。日本への観光客が3千万人超となり、居住者も280万人を超えている。中国人、韓国人やタイ、ベトナム等の東南アジアだけなく、世界中からやって来る。今回の取引国は、第三国経由の北朝鮮である。道義的に経済的に裏の社会でなければ実質の取引は出来ない。物語的には麻薬や覚醒剤等が闇取引で処理されるが、今回は医薬品である。それも表向き人命救助とも見えるカムフラージュされた密輸品である。その医薬品とは、北朝鮮の誰宛ての物かの謎を追う内容である。

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