図書紹介
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ペスト
(カミュ著、宮崎峰雄訳、(株)新潮社(新潮文庫)、2020年03月30日発行、第87刷、476ページ、750円+税)

デニマルさん : 6月号

今回紹介する本は、色々な意味で話題性が高く、歴史的にも評価された内容である。先ず著者のアルベール・カミュ(1960年没、享年47歳)だが、小説「異邦人」のヒットで有名となった作家であり、哲学者としても知られている。特に、1956年中編小説「転落」を発表して、「この時代における人類の道義心に関する問題点を、明確な視点から誠実に照らし出した、彼の重要な文学的創作活動」に対してノーベル文学賞が贈られた。時にカミュは43歳であり1957年に史上2番目の若さの受賞であった。今回紹介の本は、1947年に出版され、当時ベストセラーとなったことでも知られている。そして今年1月に新型コロナウイルスの感染拡大で、世界中が感染症のパンデミックに脅かされるに至って、この本の注目度が高くなった。筆者が今年2月上旬にアマゾンで購入依頼した時点で、増版中だが二ヶ月後でないと引き渡し出来ないと言われた。実際に手元に郵送されたのは、4月中旬過ぎであった。当初の予定では、この話題の本(5月号)の原稿に間に合わせたかったが、残念ながらタイミングが合わず、前月の「熱源」(川越宗一著)となった経緯がある。そして今回の本であるが、この小説は「この記録の主題とする奇異な事件は、194X年オラン(アルジェリアの要港)に起った」という文で始まるが、ペストの蔓延である。この本では触れていないが、14世紀のヨーロッパで「黒死病」と呼ばれ大流行した感染症で、2回のパンデミックで世界的大流行を起こした。第1回目のパンデミックは長期間続いて、1億人以上の死者を出した。2回目は、17世紀に大きな流行を起こし18世紀まで続いた。この間、ヨーロッパの人口の3分の1となる2500万人の生命を奪ったという。従って、ペストは非常に致死率の高い感染症である事が、この小説の伏線となっている。当時ペストに対する治療薬やワクチンが存在しない情況で、人々は都市封鎖された環境下でジッと感染が鎮まるのを耐え忍ぶ。この小説はペストによる死者を目前にして、役人や医師や一般市民がそれぞれ懸命に生きる姿を描いている。そこから人間がコントロール出来ない、人生の不条理にどう向き合い、生きていくのかを読み解く作品であると言われている。さて、今年4月から新型コロナウイルスの感染防止で外出自粛をしている。この時期に、この本を読むのは歴史と人類の関係を考える上で大いに勉強になる本かもしれない。ご一読をお勧めしたい。因みに、このペスト菌を発見したのは、日本の細菌学者の北里柴三郎である。彼はパンデミックが起こった1894年に香港へ渡り、ペスト菌を発見した。それに依って有効な治療法の研究が出来た記録がある。その治療薬はストレプトマイン等であるが、ワクチンは現在でも存在してないとあった。

ペスト(ウイルス)とは           ――感染症と人類――
ペストとは、先に触れた14世紀のヨーロッパで「黒死病」と呼ばれパンデミック(感染爆発)を引き起こした感染症である。このペストに感染すると皮膚に黒い斑点が生じて死に至ることから、黒死病とも呼ばれ恐れられた。当時はペスト菌の存在も分からず、結果として人から人に感染する疫病とされ、患者を家に閉じ込めたり、村や町を完全封鎖して感染を防いでいた。この小説の舞台であるオラン市でも感染防止の封鎖状態での物語展開である。本書でもペスト菌はネズミやノミによって伝播されることが書かれてある。この感染症は「人類全体の人口が増加して集団形成し、食料を維持するために動物を家畜化した結果、集団感染症がはびこった」(「銃・病原菌・鉄」ジャレド・ダイヤモンド著)と書かれてあった。昔から麻疹や天然痘は牛から、百日咳は豚から、インフルエンザは鳥類からと言われていた。それにしても14世紀のペスト感染の対応策が完全都市封鎖であり、現在の新型コロナウイルスの感染防止もロックダウン(都市封鎖)や、外出自粛策であるのは人類が進歩していないのか、ウイルスがしぶといのか。人類は感染症と共存する宿命にあると専門書にあった。

ぺスト(小説)の登場人物          ――不受理との葛藤――
この小説の概要だが、主人公の医師リウーは、友人のタルーらと共にこの極限状況に立ち向かっていくが、あらゆる試みは挫折しペストの災禍は拡大の一途をたどる。後手に回る行政の対応、人々の相互不信、愛する人との過酷な別離で精神も肉体も牢獄に閉じ込められたような状況の中である。この極限状況の中で、「誠実さ」「自分の職務を果たすこと」といった言葉を唯一の支えとして敢然と災厄に立ち向かっていく人々が現れる。圧倒的な絶望状況の中、人間の尊厳をかけて連帯し、それぞれの決意をもって闘い続ける人々。いったい彼らを支えたものとは何だったのかを考えさせる。神父パヌールは「ペストは神の審判のしるし」と訴えて人々に回心を説く。極限状態に置かれた人間は不条理にどう対処するのか。この登場人物から、自分を重ねて読み解く内容である。現在でも同様な不条理と人間の葛藤がある。

ペスト(ウイルス)との闘い          ――新型コロナウイルス――
事件が発生してから9カ月、猛威を振るったペストは潮が退くように鎮静化する。発生当時は、都市封鎖と隔離策で感染防止を懸命に図る。その間、「ハッカのドロップが感染予防に効く噂で、薬屋から消える」「感染者で錯乱した男が、女に飛び掛かる」等々の話が出て来る。これが194X年の小説とは思えない内容である。今年の新型コロナウイルスでも同じ様な事件が起きている。特に、都市封鎖と隔離政策は世界中が執った感染防止策である。これだけ医学技術が進歩してもウイルス防止策は変わらないものか。国によっては、ウイルス検査の体制を整えて、感染防止に成功したケースもある。しかし、ウイルスを撲滅するのが狙いではない。先にも感染症と人類の関係でも触れた様に、人類の発展の中にウイルスがある。故に、最小限の被害に抑えつつ、ウイルスと共生する方策を考える必要がある。色々と考えさせる紹介の本であるが、新型コロナウイルス禍は100年前と同じパンデミックである。

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