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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (17)
―隕石・デブリへの安全対策―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :4月号

・ISSの近くにはデブリが沢山飛行している
 「きぼう」の実物大模型は、JAXAの筑波宇宙センタ-(茨城県つくば市)に展示されていますが、長さ11.2m、直径4.4mの円筒形の実験棟は内部に入るとすこし小さい地下鉄に乗っているような空間です。宇宙では壁一枚隔てた外側は、ほぼ真空で、空気漏れなどの事故では人命にかかわる大事故につながりかねないので、ISSでは完璧な気密性能が要求されています。90分で地球1周するISSの近くでは、衛星やロケットの細かな破片が、時速2万キロものスピードで地球をまわっており、その ISSの近くにはデブリが沢山飛行している エネルギーは、大きさ1センチの破片でも時速40キロで走る自動車に匹敵します。10センチ以上のデブリは、米国宇宙戦略軍が、地上レーダーなどの観測網の結果をもとに、物体、所有国、軌道情報を特定し監視しています。
 2019年10月現在、約2万個がカタログとして登録されていますし、これに加えて、1センチ以上の微小デブリが50から70万個、1ミリ以上の超微細デブリが1億個存在するといわれています。
大きなデブリは、衝撃が強すぎるので高度を上げて避けます。
 2012年9月、デブリがISSに急接近する騒ぎがあり一時はISSの軌道を変えることも検討されましたが幸いにも進路がずれてぶつかりませんでした。

・ISSデブリ防護要求の設定
 人間がいる宇宙棟をデブリから防護することは、当初から安全確保の観点で重要な課題でした。ISSでは、人工のデブリに比べ隕石の衝突確率はずっと小さいので、対象とするデブリをアルミの球形と考え、その大きさに応じて以下の基本方針を設定しています。

直径1センチ以下のデブリは防護バンパーをとりつけ、与圧壁貫通を防ぐ。この時、与圧モジュールに対する設計要求として非貫通確率を与える。
直径10センチ以上のデブリは、軌道が把握できるので、衝突の危険があればISSの軌道高度を約4キロ高めて回避する。
直径1センチから10センチのデブリは、衝突確率は小さいが、モジュール貫通リスクが残る。ISSの運用でハザードを回避する。

・デブリ防御の対策どうするか?
 「きぼう」開発を担当した企業は、社内の潜水艦技術者をチームに加え、アルミ素材で円筒形のロケットタンクを製造する技術を生かして防護バンパーを開発することにしましたが、有人施設の宇宙棟のデブリ防御の対策どうするか?安全確保は、簡単ではありませんでした。
「きぼう」は、スペースシャトルでISSに輸送されるので、ぜい肉を極限までそぎ落とし、しかも十分な強度をもつ構造が求められました。ロケットの燃料タンクの場合は、厚さ約2ミリのアルミ板をすこしずつ押し曲げながら円に近い多角形の筒を作るのですが、「きぼう」は外壁に約5ミリの厚さが必要で、さらにその外側に薄い金属板で覆いました。その上、その間にできた約10センチの隙間に、衝撃吸収用に防弾チョッキにも使われている軽くて強い特殊な布(アラミド繊維などを重ねて)などを張り付けました。

5ミリのアルミ装甲を歪めるほど衝撃を与える様子  実際の出来は試験で確認するしかないので、戦車の開発に使用している技術を応用することにしました。戦車では装甲板に弾丸状の物体を秒速2 kmほどでぶつけて強度を試験するのですが、速度が足らないので20メートルの大砲のような銃を製作し秒速約8 kmまでの実験が可能となりました。超高速の衝突試験の結果、弾丸がアラミド繊維を貫通し、実験室の内壁がへこんでいました。弾丸が衝突した衝撃による熱でアラミド繊維が瞬間的に蒸発し、それによって発生したガスが5ミリのアルミ装甲を歪めるほど衝撃を与える様子が現れたのです。(右写真)
 試験と計算を繰り返して、内壁の厚さを4.8ミリまで薄くしても、1センチの破片なら十分耐えられることが分かりました。また、たとえ数センチ以上の破片で穴が開いても、それが一気に広がらないように、壁の厚みを微妙に変える工夫をして、デブリがぶつかっても穴が開かない確率を満たすように設計しています。

・ISSで経験したデブリ通過
 筆者がJAXAで働いているときには、1年に数回デブリ接近のアラートがNASAから通知されました。例えば、2011年6月には、古川宇宙飛行士らがISS長期滞在をしているとき、デブリが約250mまで接近し古川ら6人の飛行士は、モジュール間のハッチを閉めるなどの作業を行った後、ソユーズ宇宙船に避難し、約30分過ごしました。2015年7月には、ロシアの古い気象衛星の部品が接近、飛行士らは一時ソユーズ宇宙船に避難、幸いにもISSから3kmのところを通過しました。
 緊急時には、筆者の携帯電話に連絡がきますが、通常は、事態が変化する度にメールで状況連絡があります。デブリ接近のアラートが起きる度に、「きぼう」管制室からの連絡を冷や冷やしながらデブリ通過まで待っているのはなんとも嫌なものでした。特に、記憶に残っているのは2015年のデブリ接近の時、クルーが、すべての準備を終えソユーズ宇宙船のハッチを閉めることができたのは、接近わずか5分前でした。まるで、映画「ゼロ・グラビティ―」のような状況でした。

参考資料 :
( 1 ) 「全長約20mの設備に最先端技術を凝縮」、Nikkei Business, 2008年5月12日号
( 2 ) 「お化け銃にも耐える壁」、読売新聞、2007年3月3日
( 3 ) 「「1ミリの脅威」から人工衛星を守る」、朝日新聞夕刊、2012年11月19日
( 4 ) 「宇宙ゴミ250メートルまで接近、古川さんら6人、宇宙線に一時避難」、日本経済新聞、2011年6月29日

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