図書紹介
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しらふで生きる 大酒飲みの決断
(町田康著、(株)幻冬舎、2019年11月5日発行、第1刷、219ページ、1,500円+税)

デニマルさん : 4月号

ここで毎回紹介している本は、PMAJの「話題の本」コーナーに相応しいものを選んでいる。だから芥川賞や本屋大賞等の受賞作品や、その他の賞に関係なくベストセラーになった類の話題性の高い本を取り上げている。しかし今回は、それとはチョット違う観点から選んだ本である。強いて理由を上げるなら、著者が芥川賞の受賞者であり、出版社がヒットメーカーである幻冬舎である事くらいか。それと筆者の個人的な事情も少し絡んでいる。この件は、後半で触れてみたい。さて、題名の「しらふ」であるが、漢字では素面とも白面とも書く。意味は、「お酒に酔ってない顔(その状態)」であるが、素面(すめん)という字から剣道や能楽で面を付けていないことから由来していると解説されている(デジタル大辞泉)。面を付けるとその人物に成り切り、面を外すと元の人に戻る。従って、「しらふ」は、いい意味でも悪い意味でもその人本来の姿であるが、何かによって人が変わることは好い意味には理解し難い。更に大酒飲みと称される人は、普通に酒を飲む人とは一線を隔てている。自分の飲む酒量を自分自身でコントロール出来ないか、アルコール依存症に近いとも見られる。だから自ら大酒飲みとは言わない。しかし、この本の著者は自ら大酒飲みの決断と書き、酒を断つことを本に綴った。そこで著者を紹介したい。町田康氏は、1962年大阪府生まれで小説家、ミュージシャンとある。ミュージシャンの旧芸名が町田町蔵(まちだ まちぞう)と称し、現在では本名を名乗っている。1981年にパンク(1970年代、イギリスを中心に登場したロック音楽。従来のロックに対して,社会に対する不満や怒りを表現するロックミュージック)のバンド「INU」で歌手デビュー。同バンドで音楽活動を続けるかたわら、俳優としても多数の作品に出演した。1996年には処女小説「くっすん大黒」で文壇デビュー、2000年に小説「きれぎれ」で第123回芥川賞を受賞している。以降は主に作家として活動していると紹介されている。筆者も「くっすん大黒」をチョット読んでみたが、金属製の5寸の大黒像を捨てようとするが、中々上手くいかない。その葛藤を書いている内容だが、今回紹介の本と同じパターンで、問題の本質に迫りながら話が異次元にワープする。読者は、著者の種々のワープに振り回されながら、それを楽しむ所謂「町田流」の深い内容である。そこで今回の本となるが、大酒飲みの決断から飲酒問題の本質について種々書かれてある。
筆者がこの本を読んだのは、ここで紹介する為だけでなく過去の節酒(禁酒ではない)の経験の失敗に役立てないかとの期待もあったからだ。脂肪肝と医師から節酒を通告され、何回となくやったが、数年で元に戻った苦い経験を克服したかった。この本には、節酒に役立つ具体的なノウハウは書かれていないが、断酒のメリット等が細かに多面的に書かれてある。

大酒飲みの決断(その1)        ――突然の断酒決断?――
著者は自ら大酒飲みと言っている。この内容は成人になってから、毎日酒を飲んできた。それもワインだったら2本、もしくは1本で終わらず、その後にウィスキーを飲んでいたという。焼酎の場合だと、4合瓶1本と2本目を半分位と書いている。これを厚労省の多量飲酒の目安定義(1日平均60gを超える飲酒(アルコール量で、ビール中ビン3本か、日本酒3合弱か、25度焼酎300ml(2合弱))と比較しても、著者の6合強の焼酎の場合は、間違いなく大酒飲みの部類に属する。その著者が5年前に突然断酒をした。止めた理由は、「何となく魔が差した」という。しかし、本音の部分は多少肝臓が疲れた自覚症状があったらしいことにチョット触れている。そこで酒を飲む「正気」の行為が、断酒をする「狂気」の行為が勝って自然に止めたと書いている。その自然の行為だったが「飲む、飲まない」の葛藤に揺れていて、この断酒の過程を「酒を止めると人間はどうなか」の連載に活かしている。

大酒飲みの決断(その2)        ――断酒の利害得失?――
著者の長期間に亘る飲酒歴から、諸々の問題があったと思われる。特に、飲酒に関わる問題は往々にして失敗談等の例が多く、飲酒で成功を収めたという話は余り聞かない。この本の“酒こそ人生の楽しみか?”の文中に、寿司屋で泥酔の挙句、「おまえの握り方はなんだ。私を誰だと思ってるんだ。本場パリの日本料理店でみっちり三日間修行した人間だ。どけっ。手本を見せてやる」といってカウンターを乗り越えて中に入り、寿司を握ったことさえあると書いている。これは失敗談ではないが、後日ある雑誌記者とのインタビューで「あれは文学的修辞です」と釈明している。筆者が想像するに、チョット深酔いした拍子にそれらしい言動のやり取りがあったのではないか。ご愛嬌の範疇である。著者は後半で「ああ、素晴らしき禁酒の利得」と題して、①ダイエット効果、②睡眠の質の向上、③経済的な利得、④脳髄のええ感じによる仕事の捗りを書いている。夫々の検証と説明が必要だが、項目からある程度理解出来るが、④「脳髄のええ感じと仕事の関係」は、補足説明をして置く必要がある。

大酒飲みの決断(その3)        ――断酒は人生観か?――
著者は、30年来の飲酒によって脳髄のアクセスが途絶えてしまった。しかし今回の断酒のお蔭でアクセスが回復した。それで過去の人物等を思い出すことが出き、また新しく購入した資料も保管出来るようになった。そればかりか、その人物を思うままに動かすことも可能になったと、ええ感じを称賛している。ここに到って、従来の飲酒(正気)する生活から断酒(狂気)するパターンに変わり、酒を飲まない生活パターンとなった。いわば生活習慣が変わった。著者は人生観の革命的な変更で、酒を飲まない普通の生活者となった。結果は、身体と心にゆとりが生じ「やさしさ」「ぬくもり」が芽生え、思った以上に仕事も捗っているという。森進一の「背伸びしてみる回教。今日も禁酒が遠ざかる。貴方にあげた銭を返して。港、港、函館。迎え酒」の替え歌は、今は懐かしい5年前の思い出であると書いている。

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