「家族の幸せ」の経済学 データ分析で分かった結婚、出産、子育ての真実
(山口慎太郎著、(株)光文社、2019年9月5日発行、第3刷、259ページ、820円+税)
デニマルさん : 3月号
今回の紹介する本は、今年1月の某新聞社の図書案内(売れてる本コーナー)で取り上げられたものだ。その時点でジュンク堂・池袋店の新書部門ではベスト10に入っていた。それにも増して、「家族の幸せ」の経済学というタイトルにも魅かれた。それと男性の育児休暇、俗に「育休」は時代の流れか、現職の大臣も率先して取得していると報じられている。この本は、こうした目先の事象だけなく、経済学者・経営者・エコノミストが選んだ2019年「ベスト経済書」で1位を獲得している。主催のダイヤモンド編集部は「2019年のベスト経済書ランキングの顔触れを見ると、ここ数年と同様に19年もエビデンス(科学的根拠)に基づく事実を提示する本が上位に入った。政策決定や企業の意思決定の場で、データ分析によるエビデンスに基づき判断することが重要視される流れはますます強まっている。栄えある1位は、山口慎太郎著『「家族の幸せ」の経済学』で結婚、出産、育児などに関するさまざまな固定観念の間違いを実証研究の結果に基づいて指摘している」と評価している。それだけではない、第41回サントリー学芸賞(政治・経済部門)も受賞している。因みに、この賞は、「広く社会と文化を考える独創的で優れた研究、評論活動を、著作を通じて行った個人に対して、「政治・経済」を含む全4部門に分けて、毎年賞を贈呈しています」とある。今回紹介の本以外で第41回(2019年度)の各部門の受賞者は、芸術・文学部門では、鈴木 聖子著「<雅楽>の誕生―田辺尚雄が見た大東亜の響き」。社会・風俗部門では、藤原 辰史著「分解の哲学―腐敗と発酵をめぐる思考」。思想・歴史部門では、古田 徹也著「言葉の魂の哲学」等々であった。改めて今回紹介の本は話題性にも富み、身近な話題からデータ分析を丁寧にした内容である。文章も分かり易くデータも豊富に入っている。特に、この本で紹介されているJ・ヘックマン教授の「ペリー就学前プロジェクト」の内容で、その調査結果が衝撃的であると書いている。これは1962年から5年間、3、4歳児の母親に子育てアドバイスをした。更に、その子供たちを40歳になるまで追跡調査している。その結果、子供の頃から認知能力や社会情緒的能力が培われ、知能より軋轢を生む問題行動を減らす効果があったと報告されている。それによる生涯労働所得の増加、犯罪の減少、社会福祉利用の減少等の社会全体のプラス効果をもたらしたと書いている。正に、「社会の幸せ」経済学のお手本の様な内容である。著者を紹介しよう。1999年大学卒業後、2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士。カナダ・マクマスター大学助教授を経て、2017年より現在の東京大学経済学部・政策評価研究教育センター准教授。専門は、結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」と、労働市場を分析する「労働経済学」である。
結婚の経済学 ――結婚に求めているものは?――
この本は、副題にもある通り「データ分析で分かった結婚、出産、子育ての真実」を書いている。だから家庭生活が始まる結婚から話がスタートしている。しかし昨今、その結婚をしない人が増え、結婚年齢も上昇していると言われている。データでは男性の5人に1人、女性の10人に1人が50歳時点で独身である。その背景には経済的問題だけなく、出産や育児を含む社会的問題もある。従って、少子化に歯止めが掛かっていないと言われる。それでも目出度く結婚したカップルは、何を求めているのか。著者は、男性の5割が「女性に対して家事・育児」の能力を重視し、女性の4割が「経済力」を重視していると分析している。更に、女性の6割が「男性の家事・育児」の能力を期待し、「自分の仕事を理解してくれる」期待を5割の人が望んでいる。家事や育児等は夫婦の共同作業である事を裏付けている。
育休の経済学 ――新しい家族のライフスタイル?――
現在の家庭での家事や育児は夫婦が共同で分担し合って行うのが、常識とされている。4、50年前の奥さんが家事・育児全般で、旦那は外で働き稼ぐ人という時代とは大きく変わった。だから、男性が育休を取得するのも時代の流れである。そこで各国の男性の育休の取得状況をデータ(2013年OECD調べ)で見ると、最高はフィンランド、スエーデン、デンマーク等北欧の国が70%を超えている。割と低いオーストラリアで20%を超えている。然らば日本はどうか。2013年で2.3%、2017年で5.1%と急上昇しているが、まだまだである。この取得率の低さには、社会制度上の価値観や法制度上の違い等が指摘されている。しかし、男性が育休を取り易い制度と支払われる給付金を国別に見ると、日本は韓国に次いで2位と充実している。昨年のユニセフの子育て支援策報告書(育児休業制度:育休の週数×給付金額)では、日本の男性が1位の評価を得ている。従って、日本は「育休先進国」の制度であるが、実態は生かされていないのが現状の様だ。育休が「取れない」か「取らない」のかが問題である。現在の育休先進国の北欧でも過去に同じ様な問題があり、それを克服して来た。ある事例では育休取得の「勇気は伝染する」ので、その研究も必要であると書いている。
離婚の経済学 ――3組に1組が離婚している?――
昨今日本でも離婚は増加していて、一部では「3組に1組が離婚している」と言われている。身の周りを見ると、離婚した娘親子と同居している家族が多くなった様にも思える。厚労省の離婚のデータでは、1990年の8.1%に対して2015年で16.7%と確かに増加している。著者の分析では、離婚率の計算が結婚した数を離婚した数で割っている。分母である結婚数が減少すると数値的には増加する。だから実態はそんなに変化していない。しかし、離婚は夫々の夫婦の諸々の事情で行われるが、その影響を直接受けるのは子供たちである。「家族の幸せ」の観点から離婚の問題は、子供の発達に悪影響を及ぼすというより、離婚が生み出す貧困が、子供の発達に悪影響を与えている。その意味で、子供のいる貧しい家庭への金銭的支援や学費・医療費等の補助をすることが急務であり、日本だけでなく世界的な問題でもある。
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