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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (15)
―「きぼう」はISS本体と宇宙で結合できるか―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :2月号

・「きぼう」とISS本体との組み合わせ試験
 ISSは、電車の連結のように20個以上の参加国モジュールを40回以上、ロシアとアメリカから順番に打上げてレゴのように宇宙で組み立てます。しかも、世界に分散した国々が独自の設計思想に基づき開発するのですが、開発時期が異なりますし、宇宙での組み立てから完了まで10年以上かかるので、打上げ前に、全部のモジュールを1か所に集結させて全体組み合わせ試験を行うことはできません。モジュール間のインタフェースを簡素化して開発の自主性を保持しようとしたのですが、本当に宇宙でちゃんと機械的にも、電気的にも結合できるのか関係者は不安があり設計段階から重要なリスク課題になっていました。

「FGB」(図の左)、アメリカのボーイング製「ノード1」(図の真ん中)、ロシア製の「サービスモジュール」(図の右)

 例えば、1998年にロシアより打上げたISSの1番目のモジュールは、ロシア製の「FGB」(図の左)で、2番目のモジュールはアメリカのボーイング製「ノード1」(図の真ん中)でフロリダからスペースシャトルで打上げました。そして、3番目のモジュールは、1999年にロシアから打上げられたロシア製の「サービスモジュール」(図の右)で、3つのモジュールは宇宙でドッキングさせました。
 各々20トン以上もの機体を開発国の間を輸送して実機同志組み合わせるのは地理的にも費用的にも現実的でないのです。そこで、各国は、試験のコストを最小にするため、結合する相手方のモジュールを模擬したシミュレータを製作してインタフェース検証を行うとともに、各モジュールは個別の試験を十分行って完成したものから、打ち上げ実機を射場に持ち込み、射場整備作業の後、打ち上げるという考え方に移っていきました。
 モジュール間機械結合は、一番クリティカルなので、ボーイング社が開発した結合機構をISS共通品として使用することになりました。結合機構をメスとオスに分割し、結合する双方のモジュールに溶接するのですが高い溶接の精度が必要です。双方の結合面が正対していないと、空気が密封できませんので、輸送費用も試験費用も高いのですが密封していることをボーイング社の高機能のシミュレータを使用して結合試験を行って確認しました。

・「きぼう」とISS本体との組み合わせ試験
 しかし、電気・通信系の結合は、シミュレータが十分打ち上げ実機に近い模擬をしていない場合には、宇宙での運用に支障を与える可能性が大きいことから、データ伝送、光伝送、ビデオ伝送、電力、通信など系統毎に、実機を模擬した機能等価シミュレータを製作し、関係各国を持ち回って試験することになりました。ところが、ISSの初期段階のアメリカ製の複数のモジュールがケネディー宇宙センターに集合するので、実機を組み合わせて宇宙運用を模擬した試験を行ったところ、所定の動作をしない機器が発見されました。原因は、アメリカは沢山の企業で分散開発をしているのですが、インタフェース管理規定を企業ごとに異なる解釈をしていたり、モジュール認定試験で異常時を想定した試験を十分行っていないため、不備が発見できなかったことが分かりました。
 このため、NASAは、宇宙での組み立てリスクを減らすため、打ち上げが隣接した実機を組み合わせた試験をケネディー宇宙センターで行うよう参加国に推奨することになりました。
 「きぼう」もケネディー宇宙センター到着後、先に打上がるイタリア製の「ノード2」と「きぼう」船内実験室は同じ時期にケネディー宇宙センターに集合します。
(右の写真:宇宙センター到着後に「きぼう」船内実験室の整備を行っているところ)
宇宙センター到着後に「きぼう」船内実験室の整備を行っているところ
 この2つのモジュールを全体制御する米国実験棟はすでに宇宙にいっているので組み合わせ試験ができませんが、米国実験棟の機能等価シミュレータを2つのモジュールに接続して、2003年8月に規模の大きな試験を行いました。試験の結果、「きぼう」には何の問題もありませんでしたが、「ノード2」側にいくつかの不備が見つかり改修することになりました。(写真:右「きぼう」、左「ノード2」) 右「きぼう」、左「ノード2」

・「きぼう」の宇宙での建設で冷や汗?
 2008年3月、「きぼう」保管室が打ち上げられ「ノード2」と問題なく結合できました。同年5月末には、「きぼう」船内実験室が打ち上げられ星出宇宙飛行士が、慎重にISSロボットアームを操作して「ノード2」に結合させました。心配していた機械結合は何の問題もなく終わったのですが、その後、以下の想定外の場面がありました。
保管室を船内実験室の本来とりつけるポートに移設する  「きぼう」保管室は、その前のスペースシャトルでISSに運び、「ノード2」の天頂に仮置きしていました。その保管室を船内実験室の本来とりつけるポートに移設する(右図)のですが、その前に、NASAの構造担当者から「熱カバーは実験室の能動結合機構のラッチ機構と干渉しないか?大丈夫か?」と技術班に問い合わせがあり確認を始めました。能動結合機構はボーイング社が開発、周辺にとりつけたカバーは日本で製作したもの、確かに、噛みこむ可能性があるようにみえました。時間が刻刻迫ってきて慎重に丁寧に確認している時間がありません。そんな中、NASA側の動きが早く、船外活動を予定しているので、カバーをラッチ動作にかからないように処置する方向でNASA調整がどんどん進みしました。技術班がやりたいことを説明すると、NASAは的確に理解し、船外活動の手順をいくつか用意し、一日で地上での確認実験をしバックアップ手順を含めて実現可能な手順をすばやく用意してくれました。「ノード2」から保管庫を移設する前の船外活動のときに、熱カバーの干渉箇所を畳み込み、干渉をなくすようにしたので、技術班が見守る中、結合作業自体は何事もなかったかのようにスムーズに実施できました。さすがに、リアルタイムでの困難な状況を何回も切り抜けてきたNASAの底力をみた思いでした。その後、ISS本体との電源投入、通信・データ伝送系は立ち上げから順調で、コンピュータ間通信もでき、筑波宇宙センターの「きぼう」運用管制室との双方向通信が確立しました。 (1)

 あれからまもなく12年が過ぎようとしていますが、不具合の件数は、「きぼう」実験室と同規模の米国実験室の半分以下、想定内の不具合はあるが問題なく運用しているとのこと。やはり、地上でできるだけ沢山の噛み合わせ試験をやってきた成果だと思っています。

参考資料 : (1) 文集『「きぼう」とともに四半世紀』(2010年)の筒井史哉氏「1Jの冷や汗―ミッション中のニア・リアルタイム不具合処置」及び、筆者の1Jのノートより)
以上

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