今月のひとこと
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 現金のリスクマネジメント 

オンライン編集長 深谷 靖純 [プロフィール] :1月号

 昨年の10月に消費税率がアップするのに合わせてキャッシュレスキャンペーンが行われました。「クレジットカードやプリペイドカードにスマホと現金を使わない人には漏れなく特典がありますよ、期間限定ですよ。」ということで、現金を使うのを抑えた方が大勢いらっしゃいました。編集子も、カードを使う頻度が増えました。現金を全く取り扱わないというお店も出てきていますので、財布を持たない本物の「懐がさみしい」人が増えるかもしれませんね。

 年3回発行しているPMAJジャーナルの次回募集論文のテーマは「リスクマネジメント、あるいはリスク」です。技術の進展や社会情勢の変化等に伴いリスクとなる事象も変化しているように思います。リスクマネジメントの在り様も変わっているのでしょうか。基本的な考え方は変わっていないと主張される方もいれば、世の中の動きとともに進化していくのだという方もいらっしゃいます。いろいろな視点での論文が寄稿されることを期待しています。
 リスクという言葉があまり出回っていなかった半世紀ほど前の現金に関わるリスクマネジメントがどうだったか、思い起こしてみました。
 当時、世の中の決済手段は現金が主流でした。現金に代わる流通手段として手形とか小切手とかが使われ振出人の信用力が重視されていたのは確かですが、直ちに換金できるかという点に重みが置かれていた様に思います。不動産や貴金属など高額な取引を行う際に現金の束が積み上げられていた光景を、その当時の不動産業者、貴金属商の方は見慣れていたのではないでしょうか。
 そんな現金を取り扱う金融機関におけるリスク管理の基本は「再鑑」でした。小説や映画の世界では、現金強盗が頻繁に登場して金庫破りをするので「盗み」リスクの対策が1番と思う方がいるかもしれません。備え付けの金庫は恐ろしく頑丈にできており、防犯対策もしっかりと行われていましたが、日常の業務においては現金強盗よりも「ミス」のリスクが1番という感覚だったように思います。
 人は必ずミスをします。「ワタシ失敗シナイノデ」という決め台詞で有名なドラマがありますが、ミスしない人はいません。失敗しないのはミスしたその時、その場でミスを修復できているからです。金融機関では、ミスすることを前提に「再鑑」によってミスを直ちに発見して修正するような仕組みを業務の様々なところに組み込んでいました。
 現金を受け取ったら2回数えて、伝票と金額が一致していることを確認します。その現金を回付されて次に受け取った人はまた2回数えます。さらにお客様など外部の人に渡す場合はその目の前で2回数えて、現金が揃っていることを見てもらいます。「現金その場限り」という言葉は努力目標としての標語ではなく、実践義務としての標語です。
 そんな時代、伝票はコンピュータに入力するのではなく、手書きの元帳に記録されていました。ここでも再鑑です。伝票だけで集計した金額と元帳の異動金額を比較して、記入ミスがないことを確認します。さらに元帳の金額について頁の縦集計、横集計が一致することを確認します。
 日常生活でこのような煩わしいことを行いたいとは思いませんが、当時の金融機関職員は愚直に実施していました。コンピュータや現金処理機の進展によって業務の流れも変わりこうした「再鑑」の大半がなくなりました。世間の一般常識からは異常とも思われる「再鑑」から金融機関職員が解放されたということですが、金融業務のデジタル化によりさらに高度なリスクマネジメントが求められるようになったともいえます。
以上

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