今月のひとこと
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 寝落ち 

オンライン編集長 深谷 靖純 [プロフィール] :12月号

 寒い日と、暖かい日とが交互に続くようになり、街行く人々の装いはほぼ冬色になりました。冷え込んだ朝、青い空の下でコートの襟を立て、裾を翻してさっそうと歩く姿はいいものです。そんな中に、ぼそっとしぼんだままのコート姿の方を見かけることがあります。裾の切れ込みのしつけ糸が付いたままです。取り忘れたのでしょうか。それともしつけ糸を取ることを知らないのでしょうか。声をかけてもいいものかどうか迷ううえに、注意するにしてもどういえばいいのか思いつかず、それでもとても気になります。

 宴会シーズンが始まり、電車のシートに沈み込んで熟睡(爆睡?)している人を見かけるようになりました。編集子が親しく通うお店の常連さん達は、これを「寝落ち」と呼んでいます。「寝落ち中の○○さん」の写真が本人の了解なくSNSに投稿され、常連さん達の翌日の肴になります。「どこまで行ったのですか。」「前回は終点まで行ってしまいましたが、今回は1駅で起きることができました。」・・
 「寝落ち」は広辞苑には載っていないので比較的新しい言葉ではないかと思います。WEBで検索してみると、元々は「何かをしている最中に眠ってしまう」ことを指す言葉として生まれたようです。オンラインゲームやチャットをしている最中に眠ってしまった人に対して使われ広まっていったということです。話をしている相手が急に黙り込むという状況を「寝落ち」という言葉で表現したセンスは凄いと感心します。
 そんな素晴らしい発明品である「寝落ち」を、編集子の親しいお店の常連さん達は、あっさりと別の意味にしてしまったのです。お酒飲みを対象に使われることを、発明者が想定していたかどうかは不明ですが「帰宅している最中に眠り込んで、降車駅を乗り過ごしてしまう」という原義に近いニュアンスを含んで使い始めました。そのうち乗り過ごしたかどうかは「寝落ち」の結果であり、「寝落ち」は「酔いが回り、シートに深く沈み込んで眠り込む様」を表す言葉して扱われるようになりました。目が覚めた時の後悔、正気になった後の後悔といったオプションが付くと感じている人もいるようです。
 流行語大賞とか新語大賞が発表される季節ですが、常連さん達の「寝落ち」は小さなコミュニティ内で流行った言葉ですので対象には上がりません。なんでもかんでもWEBに載るような世の中ですが、小さなコミュニティだけで通用している言葉があるということが愉快です。お酒飲みを対象に「寝落ち」という言葉を楽しむのは常連さんたちの小さなコミュニティ以外にもあるとは思いますが、わざわざ調べるようなことでもなく、そのうち飽きたら誰も使わなくなるかもしれません。
 論理的なPMから離れた気ままな言葉遊び、お酒と一緒に楽しんでいます。
以上

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