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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (13)
―ロシア文化―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :12月号

先月号に引き続きISSでロシアと付き合った経験をいくつか紹介します。

・ロシア人には同時通訳がつく
 1993年12月に、ソ連が崩壊した後、極めて大きな世界情勢の変化による国際政治力学を反映してロシアをISSに参加させました。核拡散防止や宇宙技術流出防止などが背景にあったようです。ISS国際調整会議で私はロシア参加の状況を見ることになりました。会場には同時通訳装置と通訳が常に配置されるようになったのです。これまでISSでの公用語は英語ですので日本人も英語で参加しなければならないのですが、何とロシア人はロシア語で会議に参加するのです。ずいぶん待遇が違うなと感じました。英語を話すロシア人は非常に少なく、エネルギア社の方が説明をするときなどは、ロシア語と英語の変換で時間がかかるのと、ロシアとアメリカのプライドがぶつかるので話がスムーズにいかず、英語だけの状況に比べて3倍くらい時間がかかることになりました。
 私が国際会議の正式メンバーになった2007年以降、ISS組み立てが佳境に入るとともに、スペースシャトル退役が決まりロシアのソユーズ宇宙船がISSの重要な要素になって、ロシアとの関係が良くなってきました。テレコンは日米欧ロの時差から、日本時間の夜8時(ワシントンDC朝6時冬時間)から開催されることが多いのですが、言葉の変換に時間がかかり11時以降になることがありました。終電に間に合わないケースがでたので、夜7時から開始か、会議時間を2時間に切り上げるような工夫を議長のNASAがしてくれたりしてました。ちなみに、一番大変なのは、アメリカですが、彼等は朝早いのは問題ないそうです。

・文化の違い
文化の違い アメリカとロシアでは技術思想に違いがあります。米国はトラブルに備えて予備装置を配置する飛行機文化で、ロシアは故障したら修理すればいいとする潜水艦文化といわれています。また、ロシアでは、公平とは「結果がほぼ同じようになるように与える」ことのようで、ロシアからもISS船長をだすことが当然と思っていたようです。NASAは、船長はアメリカがずっと保持する意向だったので戸惑ったようです。結局、交代でISS船長を行うことになりました。その後、ISS長期滞在を開始してからNASAは船長のポジションを日本、欧州、カナダに割り当てることにしました。これにより若田宇宙飛行士が日本人で初のISS船長になったのです。まさか日本人が船長になる時代がくるとは予想外でした。ちなみに、日本人船長の2番目は、星出宇宙飛行士で2020年頃に任務に就く予定です。

・文書はつくらない
 ロシアではあまり技術文書を提示しません。設計書や手順書は最小限。詳細な内容は、指し指で、自分の頭を指しここにあると言います。会議で提示される資料は不具合の説明の場合でも、ロシアからは文字ばかりで図もデータも極めて限定的なものしか出ません。日米欧加ともできるだけノウハウを出さないようにしているのですが、不具合の場合には、ISSミッションの成否にかかわるのでそれなりの図やデータを提示します。また、ロシアでの宇宙飛行士訓練のテキストも薄く、最小限の情報しか記述していません。訓練は口頭で教え、頭で理解して覚えるのです。起こりうる不具合への対処は、現場で処理できるような訓練を行っており潜水艦文化は、ガガーリン時代以来やり方はかわっていないそうです。技術を共有化すると自分のポジションを脅かされるという背景があるそうです。

・会議は幹部が仕切る
会議は幹部が仕切る 「きぼう」日本実験棟がISSで運用を始めた頃、シャトル退役が決まりロシアのソユーズ宇宙船搭乗に関するモスクワでの訓練が長くなったことから、モスクワに技術調整事務所を設置し、訓練のほか「きぼう」実験棟でのロシアとの共同実験などをロシアと日本との直接協力で推進することになりました。当初は、会議の設定であれば担当者レベルで電話すれば済むと思っていましたが、ロシアでは先方の幹部にレターを送付するように求められることが普通だと知ることになりました。そのレターに幹部が目を通してOKがでないと、会議がセットされないのです。返事をもらうまで時間がかかりもどかしさを感じますが我慢です。また、担当者レベルだけの会議は、ほとんどなく、部長以上の責任ある方が出席します。会議で発言するのは代表する責任者のみがほとんどです。同席する部下が自由に発言することはまれで、ボトムアップ的な仕事の進め方は期待できず、時として指示待ち傾向が強いようです。

 ロシアと付き合うのは詳細な手順とデータが縦割りに積みあがったマニュアル文化とはかなり異なり、我々は当初は戸惑いましたが、ロシア人の中に入り込む姿勢を見せると受け入れる側面もあります。実際日本人宇宙飛行士たちは、尊敬と親しみをもって迎えられています。

以上

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