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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (12)
―ロシアコンピュータも連続ダウン!―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :11月号

・宇宙船の形状は変えないが確実に打上げる
ロシア宇宙ステーション。すでに廃棄 ロシアは、長期宇宙滞在に関しては世界のトップレベルの優れた実績とノウハウを持っています。世界で最初に宇宙ステーションを打ち上げて以来、独自のやり方で宇宙開発を進めてきて宇宙船を宇宙で修理することを当然のこととして、技術的なノウハウを蓄積しています。宇宙で修理する方が安上がりであり、宇宙飛行士が行うほうが、ロボットより確実で柔軟性があるからです。アメリカは、カプセル型宇宙船から飛行機のようなスペースシャトルへと形状を変えていますが、ロシアでは、ガガーリン時代から変えてないし列車の連結のように宇宙で接続して大型宇宙ステーションを開発・運用した実績(右図はロシア宇宙ステーション。すでに廃棄)を有しています。その宇宙船やソユーズ宇宙船は昔開発したものを改良して何十年も製造しています。まるで、日本の鉄道のダイヤのように、打上げ時刻に正確に打ちあげ宇宙ステーションに時間通リドッキングします。何十回も同じものを打上げて改良している成果でありましょう。実績を積めば積むほど技術は成熟するのに、アポロからスペースシャトルへいったりする大幅な変更をしなければならないのか、不思議だと言います。

・ロシアコンピュータ連続ダウン!ISSの危機!
 本ジャーナルの9月号でNASAのコンピュータが連続ダウンの話をしましたが、ロシアのコンピュータでも連続ダウンしISSが危なかった不具合が発生しました。2007年6月、ISSでは巨大な太陽電池パネルを宇宙に運びロボットアームでISSの右側にとりつけ、パネルを広げるミッションが行われていた時でした。畳んだ状態から展開し太陽光が当たると発電が始まりました。ところが、送電が始まると問題が発生したのです。JAXAでは、その翌年の3月に「きぼう」の第一便の打上げを控え連日準備を加速させていた頃でした。不具合を簡単にまとめます。ロシアのISSサービスモジュールに搭載されている中枢コンピュータが連続しておかしくなり、ISSの姿勢制御が不能、クルーは全員地球に帰還させるかもしれないという事態が発生しました。

 冗長系のコンピュータが1台おかしくなったというよくある不具合の情報から始まり、ミッション中にさらに一台おかしくなって冗長系がなくなり、ついにロシアの中央コンピュータ3台とターミナルコンピュータ3台で構成する中枢コンピュータがすべて停止するという深刻な事態になりました。数回再起動を試みたがだめで、さらに酸素発生装置を含む環境制御システムがおかしくなり、姿勢制御システム停止、NASA側との通信ができなくなるなどいろいろな事態が発生し、何と何が関連しているのかも理解できない状態になりました。ヒューストンでは、直ちに不具合対策会議が開催されるとともに、トラブルシュート専従班が設置され国際パートナーとの間でもメールでのやり取りと対策検討が始まりました。JAXAヒューストン駐在員事務所からも会議に参加して情報収集し報告メールが筑波の本部や役所にだされると、各方面から質問がきて回答を作成している最中にいろいろな方面から問い合わせやデータのやり取りがあり、チェーンメールはどんどん長くなり寝る時間もないほど続きました。どさくさに紛れてロシアモジュールのシステムの解説資料などを入手できる幸運もありました。
(写真:2012年星出宇宙飛行士のISS到着時の様子@モスクワ運用管制センター)
2012年星出宇宙飛行士のISS到着時の様子@モスクワ運用管制センター

 時間がたつにつれて、パネルを太陽にむけて発電するためにも、熱制御するためにも電力がいるが電源喪失寸前だったことが分かってきました。電力を節約すべく機器の電源を落としたため、船内が急に暗く気味が悪い状態になったばかりか発電できないので船内の環境を保つ機器を使用できず、鈍い鈍痛がし始めました。スペースシャトルが滞在中だったのが幸いでエンジンをふかしてISSの姿勢制御を肩代わりして何とか電力を確保しましたが、シャトルが滞在できるのもあと48時間がリミット。ロシアのクルーは、冷静に対処。パネルの展開で送電量が増えコンピュータが停止したのを疑って、休みを取らずあらゆる機器を点検、ついに故障個所を見つけました。

 コンピュータ内部の二次電源が不安定な動作をしているので、過電流保護機能をバイパスする処置をしました。これにより、コンピュータは正常に起動し動作、NASA側のコンピュータとの通信が再開、姿勢制御機器も環境制御機器も回復しました。後日の技術チームによる詳細なトラブルシュートの結果、原因は新しい太陽電池パネルを設置し送電を始めたことによりロシア機器の容量を超え、保護機能が働いたことが分かりました。

 リスクマネジメントとして、コンピュータを冗長にするだけでは対策は十分でなく、電力系統の運用も考慮にいれた運用を考慮にいれた全体システムの最適設計をしなければならないことを示した出来事でした。有人宇宙船で豊富な経験と成熟した技術をもつロシアでも、対応が十分できなかった事例でした。

(参考資料)
「きぼう」日本実験棟組み立て完了記念文集(2010年)の三宅正純氏「ヒューストンでの『きぼう』運用サポート―この10年を振り返って―」及び筆者のノートをもとに加筆しました。
以上

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