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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (11)
―アメリカはルールつくりに力をいれる―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :10月号

 最近自動車の自動運転の実用化に向けた国際ルールつくりが世間の話題になっています。国の基幹産業である自動車業界の大きな変革を迫り、世界での発言力を強化する狙いもあります。ISSでもルールつくりの争いがありました。当初「きぼう」は、できるだけ自国の技術を使って開発の成果を確保したいのでアメリカに左右されないように、ISS本体とはシンプルなインタフェースでの接続を目指していました。欧州やカナダも同様な考え方でした。しかし、アメリカは、自国の技術を国力につなげるため戦略として共通化をもちだしました。人間は一度ルールが作られると、多少の不都合があってもルールの変更をしないで現状のルールに従う傾向があるのを知っていて、NASAの研究センターや法務の専門家も投入してルールつくりの主導権を握りました。電磁環境要求(EMC)の交渉そのルールつくりの中に、電磁環境要求(EMC)の交渉がありました。1993年にロシアが参加してISSがロシア上空を飛行することになり、地上レーダーの強力な電波がISS機器に影響を与え誤動作する可能性があったので安全保障上から厳しい要求が盛り込まれたのです。この仕様は人工衛星の数倍という高い基準でしたが、アメリカの安全保障政策を背景にした強い力で共通仕様になりました。このように、国や企業の利害関係が複雑に絡む「技術外交」という駆け引きだったのですが、先端技術と交渉力のあるアメリカが大部分の仕様を決定することになりました。

 仕様が決まってからアメリカの専門家はいなくなり、NASAのエンジニア達が、設定された仕様を上位要求として厳格に履行してゆくことになりました。「きぼう」の搭載機器の開発は難航していましたが、要求をクリアさせるため国内の企業と知恵を絞って技術的工夫を行い、試験を繰り返してなんとか要求を満足させるようにしました。アメリカでは、開発コストを低減させるため衛星や航空機の部品や機器をベースに宇宙搭載化したため、要求を満足しない機器が多数でてきました。しかし、ルールを制したNASAは開発段階でも有利でした。要求を満足しない機器は、参加機関が参加する専門技術会議(マルチ専門会議)で、一件ずつその妥当性を技術的に議論して全体での合意で判断します。このEMCの課題もISS搭載機器が、他から受ける電磁ノイズに耐えられ、かつ、当該機器からでる電磁ノイズが他の機器に影響を与えないのであれば搭載可とすることになりました。

 ルールを作るグループと、ルールを使っていくグループは別で、国益を確保するアプローチをしています。ルールは、現実に合わせて設定後も変更していけばいいし、要求仕様は、目標を提示しており、目標を満足しないものは、システム全体を見据えた技術判断によりルールの中の要求逸脱に対する処理であるDeviation をするか、waiverで対応するとの考えです。これらの処理はISS全体としては、総合的に仕様を下げることを意味しますが、コストやスケジュールから判断してISSプログラム全体の中で包括的にかつ現実的なところで妥協点を協議してゆくものです。

(注) Deviation処理とは、製品についての技術的な仕様要求などに対して、製造者がその内容を検討・確認し、契約から逸脱する項目や対応できない項目についてその理由と正当性を提示し、公式な事項とするために作成するものです。  リンクはこちら
また、waiver処理は、要求仕様を満たさないが、仕様変更までの必要がないと思われる場合は、waiver requestを提出して、ISS全体の合意(マルチ専門会議を経てISSプログラムとして合意する。)を得るための処理です。

 日本は技術的に評価した上で、目標コストをあらかじめ定めて実現可能な要求を設定しますが、欧米では要求を高く設定し、その後、その要求が実現可能か否かを設計・評価しながら、スケジュールとコストを勘案した上で要求の再設定をします。特に、日本人は個々の要素を完璧にしようとするのに対して、欧米人は全体としての機能を重視する傾向にあります。これは、歴史的に世界を相手に王朝や強国をつくった欧米の人々は、違った文化と対峙せざるをえないことから国の行く末がどうなるのかが最大の関心事、個々の要素は全体を維持するのに足りればいいとするものです。
 その後、HTVのISSとのランデブー・アプローチ技術や日本発の超小型衛星の「きぼう」からの衛星放出などを世界にアピールする実績を積み重ねたことから、宇宙開発分野のルールつくりで先導する側に立つことができる機会が増え、NASAや欧州から一目おかれるようになってきました。新しい技術を常に保持し世界にアピールして日本の存在感を示していくべきだと感じている今日この頃です。

以上

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