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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (10)
―コンピュータ3台ダウン!ISSの危機!―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :9月号

 今年の7月20日はアポロ着陸から50周年なので、TV番組がNASAの歴史的偉業を取り上げた特集を組んでいました。当時私は大学受験を控えていましたが、連日のTVをずっと見ていました。アポロ宇宙船には、IBM製の8ビットコンピュータが搭載されていましたが、よくぞ有人月面着陸と地球との往復を成功させたものだと、アメリカの頭脳と神業を成し遂げる工業技術のすごさに衝撃を受けました。NASAの宇宙船のコンピュータは、IBMが黎明期から担当していましたが、大型コンピュータのダウンサイジングの波に遅れたIBMは業績が悪化し、1990年前半には宇宙開発から撤退することになりました。IBMの代わりを務めたのが航空機のフライトコンピュータで実績のあるハネウエル社でした。

 ISS組立て初期段階の2001年4月26日、そのハネウエル社のコンピュータを搭載した国際宇宙ステーション(ISS)で大きな事故が起きました。指令制御コンピュータが連続3台ダウンし、ISSの姿勢制御ができなくなったのです。このコンピュータは、外部記憶装置として磁気ディスクを搭載しており、ISSの姿勢安定、地上とのデータ送受、音声通信、ロボットアーム操作などの制御を担うものです。米国実験棟に搭載され、通常は1台のみが稼働していますが、予備の1台は電源をいれたままスタンバイし、残りの1台は電源を落として待機しています。

ISS組立てミッション  4月21日、シャトルがISSにドッキングして始まったISS組立てミッションは、カナダが開発した大型ロボットアームをISSに搭載する作業が行われていました。この時、指令制御コンピュータはNo.1を使用していました。ところが、4月26日に突然コンピュータが停止、自動的に予備のNo.2に切り替わったのですが、磁気ディスクエラーが発生、直ちに地上管制官は、No.3に切り替えましたがすぐに停止しました。運用管制官は、必死に機能を回復させようとISSコンピュータの再起動と停止を短時間のうちに何度も繰り返して試みました。しかし、回復せずに、徐々にISS姿勢は動いていき、地上管制センターとのデータ送受も音声通信もできなくなったばかりか、ISSの姿勢が不安定になり始めました。姿勢を制御できないと、電池パネルを太陽に向けて発電することができずに電源喪失に陥るばかりか、熱制御もできなくなる可能性のある不具合でした。

 幸いクルーが機転を利かせシャトルを使ったISS制御を実施し姿勢安定と通信リンクを必死に確保しました。シャトルが係留中だったのは不幸中の幸いでした。NASAは、シャトルの地球帰還の延期を決定し、クルーがこのトラブルの処理に当たることになりました。指令制御コンピュータがすべて停止したため、まずノード1モジュールのコンピュータの故障診断プログラムを起動させ、止まっていたコンピュータNo.2を再起動させました。この再起動が成功し、主機として運用できることになったので最悪の事態を回避できました。その後、実験用のバックアップコンピュータに、コンピュータNo.2からファイルを転送し、No.2と同一の機能にしました。これでバックアップはできました。さらに、コンピュータNo.3の故障しているハードディスクをシステムから分離、コンピュータNo.3のメモリーに正常ソフトウエアをインストールしました。これにより、とりあえず基本的な運用のモード(2故障許容)にはなったので一安心となりました。NASA技術チームが、緊急調査して故障原因は外部記憶装置の不具合であることを突き止めたので、クルーは故障ディスクを予備品に交換し、地上からの修正ソフトウエアをインストールしてすべてのコンピュータは正常な状態に戻っていきました。

 その後の原因究明で、「ISSの指令制御コンピュータは、3台とも同じハードウエアとソフトウエアであったため、処理負荷により相次いでソフトウエアが停止し、さらに磁気ディスク固有のメカが関与しているために起きた大きな不具合」であることが判明しました。つまり、磁気ディスクの再起動と停止を短時間に行うと、電源停止時にヘッドを格納するまでのエネルギーが十分でないとディスク表面に落ちハードディスクのヘッド損傷を引き起こすのです。

 NASAはこの事態を受け、恒久対策として磁気ディスクをやめ半導体メモリの外部記憶装置を開発することにしました。世の中は、すでに半導体の時代になっていたからです。我々は、NASAから不具合の緊急連絡を受けたのですが不安がよぎりました。「きぼう」のコンピュータは日本製ですが、磁気ディスクは同じ機種のハネウエル社製だったのです。コンピュータの開発試験では、このディスクはしばしば不具合を発生させ、その度に米国と日本の間を往復してトラブルシュートするので労力とコストがかかっていました。恒久対策をするため半導体メモリ開発をしてくれる国内企業を探したのですが、半導体不況の影響でどこも引き受けてくれませんでした。あちこち調査してついに民生品技術を使い宇宙搭載化している米国のベンチャー会社を探し当てました。宇宙用の機器開発がキチンとできるかどうか心配だったのですが、短期間に開発してくれて「きぼう」の安定した運用を支えています。そのおかげもあって、「きぼう」日本実験棟では、現在までコンピュータ連続ダウンのような不具合はでていません。ちなみに、現在この会社はNASAや米国国防省の衛星制御機器開発の中堅会社になっています。

以上

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