図書紹介
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三体(The Three-Body Problem)
(劉慈欣(Cixin Liu)著、大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳、(株)早川書房、2019年7月20日発行、第6版、447ページ、1,900円+税)

デニマルさん : 12月号

今回紹介する本は、世界的に色々と話題になっている本である。本書は、2006年6月に中国で発表され、2008年に単行本として出版された。その後2014年にアメリカで英訳版が出版されると、たちまちにベストセラー本となった。そして2015年にヒューゴ賞長編部門を受賞した。このヒューゴ賞は世界最大のSF賞と言われ英語圏の賞であるが、英語以外で書かれた作品が受賞したのは史上初めての快挙である。更に、オバマ前アメリア大統領が在職中に、ニューヨーク・タイムズのインタビューに答えて「三体」の愛読者であることを明かした。他にもFacebookのザッカーバーグCEOが、「最近読んだ重厚な経済学や社会科学の本からの楽しい休憩になる」と推薦した事が紹介され話題が話題を呼んだ。結果、累計で2千万部以上も売れたと報じられていた。そこで今年8月に邦訳本として発売され、1ヶ月で10万部以上も売れたとの話題となっていた。現在でも、書店の店頭で平置きされている程の人気である。前置きが長くなったが、著者も紹介したい。本名は劉慈欣(りゅう・じきん)で作家。1963年に中国・山西省生まれ、発電所でエンジニアとして働く傍ら、SF短篇を書き始め、雑誌<科幻世界>に『三体』を連載し、2008年に単行本となった。著者は小学生の頃、自宅にあったジュール・ヴェルヌの「地底旅行」を読んだのがSFとの出会いだという。父親が50年代に買い求め、文化大革命時代(1966~76年)に禁書扱いであった為、ベッドの下の箱の中に隠し持っていたのを秘かに読んでいた。当時の中国には、SFという概念が無かった。18世紀の冒険小説のような写実的な作風なので、最初は本当の話だと思っていたが、父親から『これは想像で書いたものだ』と言われ本当に驚いた。それ以来、SFの虜になった。文革が終わった高校生の頃から作品を書き始めたが、当時は発表していなかった。その後、山西省で発電所のエンジニアをしながら、余暇を使って再び書き始めて『三体』を書いた。好きな作家にC・クラークやG・ウェルズを挙げ、特にクラークの「2001年宇宙の旅」に大きな影響を受けたという。宇宙の中で人類が壮大な活動をし、想像力を働かせて細かく精緻な世界を生き生きと描き出す点に惚れ込んだと言う。日本のSFでは、小松左京の「日本沈没」や田中芳樹の「銀河英雄伝説」がお気に入りだが、現在は日本のアニメに注目している。「王立宇宙軍 オネアミスの翼」等の作品は見ていると言う。SFではないが新海誠監督の「秒速5センチメートル」は、ロマンチックで詩的な感じがあると評価している。そして物理学の難問である「三体問題」をヒントに宇宙全体の神秘を絡ませて、現在の地球の文明の行く先を想定したスケールの大きな作品を書き上げた。読み応えのある本である。

三体(その1)        ――「三体問題」とは何か?――
三体問題とは「万有引力の法則にしたがって運動する3個の質点の運動を研究する問題」として18世紀頃から盛んに研究されてきた。だが、「運動の軌道を与える一般解が求められない問題としても知られている。一般的には2物体の場合のような厳密な解は得られず、3物体が正三角形の頂点の位置にあるときや、一直線上にあるとき等特殊な場合についてだけ解かれている」(マイぺディアより)とある様に物理学の専門的な内容である。素人的には「宇宙の質量を持つ三つの物質は引力が相互に働き、現在の物理学や数学では動きが複雑で予測出来ないから、解が得られない」というのか。しかし二体問題や先の特殊な制限条件では解かれている。現在の宇宙開発等での地球,月,ロケットの三体問題を計算した結果、地球から月にロケットを打ち上げるケースや、カオス現象の研究等に使われている。

三体(その2)        ――小説「三体」邦文化のプロセス――
この本は著者が中国人であるから、当然中国語で書かれてある。先にある様に、最初に外国語で翻訳されたのは、2014年アメリカのSF作家ケン・リュウ氏の英語版だった。だが、日本語版は中国語から翻訳されると思ったのだが、諸般の事情で既に日本語に翻訳された原稿(光吉さくら氏とワン・チャイ氏)があり、それを基に日本語へリライトした経緯があると大森望氏が「訳者あとがき」で書いている。その作業過程で原書と英語版の違いは著者とケン・リュウ氏の協議で変更を加えたという。それに原書とこの本では構成に大きな違いがある。本書は文革の部分(第一部沈黙の春)から始まるが、原書では第二部(三体の科学境界)途中から書かれてある。当時の中国の政治・社会状況を配慮したとの事である。エンターテイメント小説として、迫力の違いを比べて読むのも面白いかも知れない。

三体(その3)        ――この小説「三体」とは?――
この小説は文化大革命の騒乱の中、大学教授である父親を失う所から物語は始まる。主人公・葉文潔(よう・ぶんけつ)はエリート女性科学者で失意の日々を送る中、巨大なパラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこで行われていたのは、人類の未来を左右しかねないプロジェクトが極秘裏に進行していた。その中で彼女が宇宙に向けて発信した電波は、惑星「三体」の異星人に届き、人類の危機を招くという展開となる。このストーリィこそが、異星人と地球人の生存を掛けた戦いの想定と三つの太陽を持つVRゲームが絡み合った超現実的な展開となる。この時間と空間を超えた複雑なステージの謎は、この本を読んで是非体感して頂きたい。この小説「三体」は、全体の三部作の第一部である。その第2部は「三体Ⅱ暗黒森林」(2007年7月発表)、更に第3部は「三体Ⅲ死神永生」(2007年10月発表)と続いているが、英訳版はアメリカで出版されている。第2部「三体Ⅱ暗黒森林」の日本語版は2020年に出版される予定なので、乞ご期待である。

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