ケーキの切れない非行少年たち
(宮口幸治著、(株)新潮社、2019年8月30日発行、第4刷、182ページ、720円+税)
デニマルさん : 11月号
今回紹介する本は、トーハンの週間ベストセラー(新書版)の8月上旬発表で目にしたものだ。本書のタイトルが刺激的だったので、買って直ぐ読んでみた。その内容も衝撃的なもので、ここで紹介に値する話題の本となることを直感した。因みに、その1位が「一切なりゆき、樹木希林のことば」(樹木希林著)、2位が「人間の本性」(丹羽宇一郎著)、3位が「上級国民/下級国民」(橘玲著)であった。トーハンの発表から数ヶ月経ったが、この本は、現在でもアマゾンランキング等でも人気上位にランクされている。その衝撃的な内容の概要は後述するが、著者が医療少年院で実際に勤務した経験に基づいて書いている。尚、著者は、医学博士で児童精神科医、臨床心理士として精神科病院等に勤務していたが、現在大学の産業社会学部教授である。さて、本書での非行少年とは「少年法により定められる、家庭裁判所の審判に付すべき「非行のある少年」で、20歳未満の者(性別は不問)をいい、講学上、犯罪少年、触法少年および虞犯(ぐはん)少年に区別される」(日本大百科全書から)である。従って、何らかの罪を犯した少年であるが、何故少年が罪を犯してしまったか等の背景や原因については述べていない。本書は、非行少年たちの現状と問題点を掘り下げたものである。著者は、彼等に共通する特徴が5つプラス1あると書いている。①認知機能の弱さ=「見たり聞いたり想像する力が弱い」。②感情統制の弱さ=「感情をコントロールするのが苦手。すぐにキレる」。③融通の利かなさ=「何でも思いつきでやってしまう。予想外のことに弱い」。④不適切な自己評価=「自分の問題点が分からない。自信があり過ぎる、なさ過ぎる」。⑤対人スキルの乏しさ=「人とのコミュニケーションが苦手」。更にプラス1は、⑥身体的不器用さ=「力加減ができない、体の使い方が不器用」があると指摘する。この認知機能に問題があると、当然学校生活等に支障が出る。そこで適切な支援が受けられないと、イジメに遭ったり、先生から「単なる問題児」として扱われたり、非行に走るきっかけが生じる。そして彼らは想像を絶するストレスを貯め込んでしまう。結果として孤立して非行に走ることになると分析している。この認知機能(記憶、知覚、注意、言語理解、判断、推論等)の弱さが、他人と上手くコミュニケーンが取れずに、誤解を招きトラブルの原因となって問題視される結果となっていると見ている。著者は、その仮説を実証するべく多くのテストや幾つかのケーススタディを試みて本書に纏めている。
非行少年の特徴(その1) ――「ケーキを3等分出来ない」非行少年――
この「ケーキの切れない少年」は、医療少年院での事例紹介に書かれてある。ある粗暴な言動が目立つ少年と面談して、「紙に丸を描いて、この丸いケーキを3人で食べる時、平等になる様に切って下さい」と質問した。結果、丸を半分に線を書き、残りの半分を更に半分にした。そこで「みんな同じ大きさにして下さい」と云ったら、少年は困った様にため息をもらし、悩んだ末に諦めてしまった。知的障害のない子でも同じ様に丸を均等に3等分や5等分出来ない例が多く見られたという。そして強盗、強姦、殺人事件を起こした中学・高校生の非行少年にも、同じ事例が含まれると書かれてある。問題の本質は、認知機能の判断や推論が正しく成されていない点にあるとみる。この状況で、少年院で非行に対する反省や被害者の気持ちを考えさせる矯正教育を行っても的外れであると指摘している。
非行少年の特徴(その2) ――「僕はやさしい人間」と答える殺人少年――
次ぎは、ある殺人を犯した少年が「自分はやさしい人間」と面接で答えた事例を紹介している。最初に「どんなところがやさしいのか?」と尋ねると、「小さい子供やお年寄りにやさしい」「友だちからやさしいと云われている」と答えた。そこで「君は罪を犯して、人が亡くなっているね。殺人をしても君はやさしい人間なのかな?」と聞くと、少年は「あー、やさしくないです」と初めて自分に気付く。問題は、そこまで言われないと自分が犯した罪を理解出来ない点にある。著者は、一生治らない後遺症を負わせた暴行、傷害、放火、連続強姦、殺人等こうした罪を犯した少年の8割が、「自分はやさしい人間だ」と答えている点に注目している。少年が自分を冷静に正しく理解することから更生をスタートさせる教育システムの構築をしないと、非行少年の健全な更生化は期待出来ないと指摘している。
解決の方策はあるのか ――プログラム「コグトレ」という方法――
先のケーキの事例以外にも「自分は悪くない、相手が悪い」「社会の人たちは皆敵だ」「女性は襲われたいと思っている」等の自分本位で身勝手な考えの少年が多いことに注目している。この点に関して、小学校低学年の段階で勉強に付いてこれない子が、そのまま放置されてイジメや家庭での虐待等の対象となる可能性も考えられるという。一般的には「境界知能」と言われるIQ70~84の子が、十数パーセントいる。知的障害ではないが、状況に応じて特別な支援が必要であるが、見過ごされている場合が多いという。こうした認知行動に問題が起きる可能性がある場合は、事前の早い段階から対処する必要性も指摘している。そこで著者は、どうしたら少年の非行を抑えられるかについて、認知機能の向上への支援に有効な方法「コグトレ」を提唱している。コグトレとは、Cognitive 〇〇 training=認知〇〇トレーニングの略称で、子どもたちが学校や社会で困らないために、社会面(認知ソーシャルトレーニング)、学習面(認知機能強化トレーニング)、身体面(認知作業トレーニング)(〇〇には下線の言葉が入る)という3方面から子どもを支援する包括的プログラムと説明している。そして見る力や聞く力、人とコミュニケーションをとる力、感情をコントロールする力、計画を立てる力、身体を上手く使う力といった本人の発達レベルに応じた教育が必要で、少年が非行化する以前から然るべき方策を打つべきと纏めている。
この「コグトレ」は非行少年だけでなく、多くの子供にも必要なプログラムかも知れない。
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