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ラグビーワールドカップから学んだ力

井上 多恵子 [プロフィール] :11月号

 ラグビーワールドカップ2019で、私も「にわかラグビーファン」の仲間入りをした。4年前に日本代表が南アフリカに勝利した際に五郎丸のファンになり、ラグビーを好きにはなったけれど、それは一過性だった。今年は違う。そもそも今年に向けた準備は、1年近く前から始まっていた。
 イギリス人とのハーフの甥からフェイスブックでメッセージが届いた。曰く、「ラグビーワールドカップ2019の際に日本に行って3試合見たい。ついては、チケットをなんとしても購入して欲しい。」と。その時点では、私自身は、ラグビーワールドカップが2019年に開催されるという認識すらなかった。しかし、可愛い甥のために調べて、チケットの値段にびっくりした。依頼されたのは、イングランドが出る2試合とオールブラックス対ナンビアの試合。いい席を取ろうとすると、前者が3万円、後者が4万円だった。これは高い!これだけ出せば、相当美味しい食事が食べられるのに、、という思いを飲み込み、せっかく甥と義理の兄がわざわざ来日するのだから一緒に見にいこうと、夫に協力してもらい、チケットの申し込みをした。といっても、夫の3試合分に対し、私は2試合分のみと気持ち少なめにした。
 来日が近づくにつれて、「ポロシャツも買って準備万端」の彼らのワクワク感がSNSで伝わってきた。彼らの滞在をきっかけに、ラグビーとラグビー文化を我々夫婦は堪能している。我が家に着いてイングランド応援シャツを着た二人は、私と夫に応援歌を教えてくれた。“Swing low, sweet chariots…”と続く歌で、繰り返し練習したので、夫にはいい英語の学びになったはず。調布スタジアムまでの道のりも、楽しかった。特に新宿からの電車はラグビーファンがたくさん乗車しており、日本人も海外の方も何となく一体感があった。知らない人同士が、ラグビーの話題で盛り上がっている。隣の車両からは応援歌も聞こえてくる。普段の電車もこんな感じになれたら、毎日楽しい気持ちになれるのに、、
 夫が頑張って購入してくれた席は、ゴールポストが真正面に見える好位置で、トライがよく見えた。後半やや試合がだれかかった時があり、そのタイミングを狙ったのか、海外の男性が列の前に立ち、いきなり、“Five, four, three, two..”と大きなジェスチャーをしながら観客に掛け声をかけ始めた。何をしているんだろう?と思って見ていたら、”one!”と言い終わって、両腕を上げるジェスチャーをした。それに合わせて、周りの何人かが同様に両腕を上げて立っているではないか。彼は横に少しずれて、そこでも同じことをやった。それを次々と繰り返した結果、なんとウエイブが起きた。しかも一度だけでなく、何度も試合会場でウエイブが起きたのだ。一人の人が働きかけ、フォロワーがいて実現した5万人強の観客による大きな大きなウエイブ。「会場が一体になっている!」心を動かされたと同時に、「これと同じような一体感が、研修会場で作り出せないだろうか?」と思わず考えていた。参画意識を高める秘訣は、シンプルな掛け声×わかりやすいジェスチャーということを別の人からも聞いたことがある。
 体当たりのプレイ、爽快なトライに魅せられ、日本試合のパブリックビューイングにも2回行った。両方共日本が勝利した試合で、トライを決めたり点を入れたりする際に、飛び上がって喜び、勝利が決まった瞬間には、周りの知らない人ともハイタッチ。なんだろう、あの不思議な感覚は。試合中、心がドキドキ動いているのを感じた。そして両拳を突き上げるポーズが自然と出た。それに比べると、普段は心を動かすことが、なんと少ないのだろう。淡々と過ごす2時間もあれば、こんな濃密な2時間もある。普段はなんて、淡泊に日々を過ごしているのだろうか。
 「日本は8強に残れると思っていたか?」と聞かれて、インタビューに答えた堀江選手が、「思っていました」と答えていた。これとジョセフ監督が言っていた「試合をイメージしてやった準備」があったからこそ勝利につながったのだろう。「思考は現実化する」。何か障害があった際、「難しい」と考えると、その障害はとても大きくなる。「乗り越えられる」と考えた方が、乗り越えるための方法を考えやすくなる。そのいい例だ。
 多文化コミュニケーションを教えることがある私にとっては、日経新聞に掲載されていた日本ラグビー協会の前男子15人制強化委員長の薫田真広氏のコメントが参考になった。ハイコンテクスト文化の日本人の中に「外国人が入ると必ず言葉にして数値化、視覚化するコミュニケーションを取るようになるので、プレーの精度が上がる。それが今の代表の強さ」なのだと言う。グローバルプロジェクトでも、コミュニケーションは楽ではない。だからこそ、それを乗り越えた時のメリットを楽しみに工夫を続けたい。

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