PMプロの知恵コーナー
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「エンタテイメント論」(139)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :10月号

エンタテイメント論


第 2 部 エンタテイメント論の本質

6 創造
●2019年8月4日(日)に起こった「ある事」
 今月号では、先月に続いて筆者への「個人的相談・その2」を解説する予定であった。しかし「ある理由」から他の事を記述する異例の措置をした。「その2」の解説を次号まで待って欲しい。

 「ある理由」とは、最近、「ある事」がスポーツ分野で起こり、それが今回の「個人的相談」だけでなく、多くの「企業人」の経営や業務の「在り方」にも大きく関わる事に気付いた為である。「ある事」とは、以下に書いた出来事である。その事は、2011年11月25日の「エンタテイメント論の45号」に書かれた事を思い出させた。更に同号で記述された「創造とエンタテイメントの本質との関係」が筆者に改めてその重要性を認識させた。8年前に書かれたこの2つ事も本号で書き切れないので次号で紹介させて欲しい。

●修羅場、正念場、土壇場での勝負
 もし下りの数メートルのパットを沈めれば、バーディーとなり、その瞬間、優勝する。もし外してパーになると、既に競技を終えた同順位の選手とプレーオフで戦わねばならず、負けるかも知れない。もし外してボギーになれば、その瞬間、優勝を逸する。

 多くのスポーツ業界を見渡すと、百戦錬磨の経験を積み、勝つか、負けるかの勝負を勝ち抜いてきた強者の選手が大勢いる。しかしその様な強者の彼らでさえも、優勝を決する「修羅場」「正念場」「土壇場」では、物凄い重圧と極度の緊張に圧倒され、頭の中が真っ白になり、手足が動かなくなる。その様な事実が数多く報告されている。

 しかし「彼女」は、その重圧や緊張感をものともせず、軽い笑顔を浮かべながら、優勝を決する最後のパットに臨んだ。殆ど時間を掛ける事なく、迷わずに、狙った通りにガツンと打った。ボールはかなりのスピードで転がった。そしてボールは、ホールの反対側の壁にドスンとぶち当って沈んだ。その瞬間、バーディーをもぎ取り、優勝した。彼女は、キャディーを務めたコーチと抱き合って「大笑い」しながら喜んだ。涙は一切無かった。

 「彼女」とは、20歳の女子プロゴルファー「渋野日向子選手」の事である。「ある事」とは、2019年8月1日(木)~4日(日)、イングランドのウォーバーンゴルフCCで開催された「AIG全英女子オープン2019」での彼女の優勝である。

 彼女は、1977年全米女子プロオープン優勝の樋口久子以来、男女を通じて日本人2人目の、そして42年振りのメジャー制覇を果たした人物になった。世界で全く無名の彼女は、初の海外メジャー戦でいきなり優勝した。一夜にして世界のゴルフ界は、彼女に「スマイリング・シンデレラ」と命名し、その偉業を称えた。

 日本の歴代の強者のプロ・ゴルファー達は、毎年、開催される世界のメジャー大会で優勝する「夢」を持ち、その実現に命を懸け挑戦してきた。しかし樋口久子と渋野日向子を除き、誰一人としてその偉業を達成した日本人プロ・ゴルファーはいない。

出典:渋野日名子選手 優勝

 彼女は、競技中にも拘わらず、ギャラリーと「ハイタッチ」し、その笑顔で多くの人達の心を掴んだ。まさしく観衆との「双方向の気持ちの交流」を試みた。これこそが「エンタテイメントの本質」の一つである。

 彼女は、最終日、4パットの「大失敗」をした。にも拘わらず、その後、バーディーを重ね、何と首位に帰り咲いた。「競技ボード」を常に見ながら自分の順位を冷静に見つめ、彼女と同位の強豪選手が待ち受ける最終ホールに向かって進んだ。

 最終ホールでは、その到着を今か今かと待ちわびるギャラリーは、彼女を見て、もの凄い歓声を上げ、大きい拍手を贈った。彼女は、大きい笑みを浮かべ、手を思いっきり振って応えた。最終グリーンに足を踏み入れた時、彼女は帽子に手を添えてお辞儀した。こんな選手は見たことがない。そして上記の通り、最後のパットに臨んだのである。

●覚悟~後悔回避~決断~実行
 優勝後のインタビューで最後のパットに関する質問があった。彼女は「外れたら3パットとなる事を覚悟した。しかし後悔したくないので、狙った通りに、しっかりと打った」と語った。

 彼女が全英女子オープンに優勝したのは「怖いもの知らずで、マグレで運が幸いした」と内心評価する人物が極めて多い。しかし彼女のプレーの「在り方」をYouTubeを見れば、彼女は「実力で勝利した」と考えて間違いない。

 何故なら、彼女は、他のホールでも最終ホールと同じ様に勝負していた事が容易に分かるからだ。特に12番パー4のホールでの挑戦は圧巻であった。ドライバーを取り出し、ワンオンを狙ったのである。もし外れたら右側の池に落ち、優勝は諦めなければならない。しかし彼女は「後悔したくないので狙った通り、ドライバーを思い切り振った」と優勝後に語った。

 ボールはグリーンの傍の芝生に止った。少しでもズレていたら池に落ちたであろう。彼女は其処からイーグルを狙った。しかし外れた。しかし悠々とバーディーを取った。

 彼女は優勝の挨拶を英語で行った。たどたどしかった。しかし本競技を支援し、協力した全ての競技関係者、全ての内外支援者、そして全てのギャラリーに感謝の挨拶をした。最後に一言、明るく、大きな声で「Thank you」を発した。その瞬間、観衆からの「大きい笑い」、「大歓声」、「大きな拍手」が沸き起こった。この簡潔な挨拶は、世界中のゴルフ・ファンの心に直球で届いた様だ。

●Never Up, Never In
 彼女の42年振りの偉業に多くのゴルフ選手、ゴルフ評論家、メディア関係者などが様々な解説や評価をしている。特に彼女のスマイルへの評価が極めて多い。確かに彼女の競技中の笑顔やギャラリーとのハイタッチは、本競技を観る観客や関係者を和ませ、明るい気持ちを抱かせた。まさしくプロスポーツ競技に依る「エンタテイメント」を実践した。また彼女自身、自分の緊張を和らげる効果もあったと評価されている。

 しかし筆者は、多くの解説者や評価者と全く違う「ある事」をYouTubeを見て、帰納(認識)された。「ある事」とは、「Never Up, Never In」の事である。

出典:ネバーアップ、ネバーイン
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 「Never Up, Never In」とは、ゴルフをしない読者又は知らない読者のために、その意味を敢えて解説する。ボールをパットしてホールに届く様に打つ事、言い換えればホールより少し先にまで転がる様に打つことを「Up」と云う。打ったボ―ルが転がり、ホールに届いて入る事を「In」と云う。

 「Never Up, Never In」とは、ホールに届かない(Never Up)ボールは、絶対にホールに入る事はない(Never In)と云う「当然の事」を表現した「ゴルフの格言」である。

 しかしこれは、当然の事ではない。Pat is moneyと云われる通り、プロ・ゴルファーにとって最も重要な技術はパットである。もしホールに届かず、ホールの手前に止めた時は、プロ・ゴルファーにとっては「ミス」である。しかし日本のゴルフ解説者は「ミス」とは絶対に言わない。批判されることを恐れ、本来の在るべき評価や解説をしない。品の無い表現で申し訳ないが、どいつも、こいつも「クソ解説者」だ。

 彼女はこの格言を絶対に遵守すべき事として実践してきた。今後も実践し続けるであろう。彼女は殆どのホールでボールを強く打ち、もしホールを外すと3パットになるリスクを懸けながら、狙った通り、後悔しない様に、決断して、Never Up, Never Inでボールを強く打ち続けた。だからこそ「4パット」したのであり、だからこそ最終ホールで「1パット」でバーディーを取ったのである。この様な指摘をしたゴルフ解説者は誰一人いなかった。やはり「クソ解説者」だ。

 多くの評論家は、彼女の攻撃的な強気姿勢と微笑みを勝因と指摘する。しかし筆者は攻撃性や強気姿勢などが勝因と思わない。彼女はUpしなければ、絶対にInしない「当然の事」と言い切れないほどその実行が困難な「真理」を忠実に実行し、失敗を覚悟し、競技ボードを見ながら自分の位置を認識し、自分と向かい合い、勝利したのである。「怖いもの知らず」「偶然の勝利」ではない。

 20歳の若さにも拘わらず、彼女は、ゴルフの基本的技術を体得し、世界の強豪と互角以上に戦えるパワー(実力)を保持し、しかも「ゴルフの在り方(真理)」を守り抜いている人物である。「彼女は強い」と断言できる。日本の男子プロは何をしているのか。「しっかりしろ。バカ者!」

 筆者が此処まで彼女の事を詳細に書けば、冒頭の通り、この事が筆者への「個人的相談」や「企業人」の経営や業務の「在り方」に関係している事に賢明な読者なら気付いたであろう。この関係をこれ以上書く紙面の余裕がなくなった。次号でこの続きを書かせて欲しい。

つづく

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