図書紹介
先号   次号

むらさきのスカートの女
(今村夏子著、朝日新聞出版、2019年6月30日発行、第一刷、158ページ、1,300円+税)

デニマルさん : 9月号

今回紹介の本は、現時点で最もホットで話題性に富んでいる。2019年7月、第161回芥川・直木賞の受賞者が発表されたが、その候補作品に多くの話題が集まった。特に、直木賞の6候補作品は全て女性だった。因みに、芥川賞は5候補中3作品が女性であった。その最終選考の結果、芥川賞は今回紹介する今村夏子さんの「むらさきのスカートの女」で、直木賞は大島真寿美さんの「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」と2名の女性作家が受賞された。両賞を女性が共に受賞したのは、2008年の第150回芥川賞で朝井まかてさん、姫野カオルコさん、直木賞を小山田浩子さん以来の6年振りである。この話題の本では、比較的本屋大賞や直木賞を紹介するケースが多い関係で、最終発表前に直木賞候補作品「平場の月」(朝倉かすみ著)が受賞すると勝手に想定して読んでみた。残念ながら受賞には到らなかったが、この作品の選考評価は結構高かった。また、何かの話題にでもなったらご紹介してみたい。さて、本題の芥川賞受賞評価だが、選考委員の小川洋子さんは「最初の投票で過半数の票を得たが、3作品の決選投票で文句なしの決定だった」と述べた。その選考過程を『今村作品の主人公の「わたし」が固執する「むらさきのスカートの女」は実在するのか、主人公の妄想なのか、委員によって読み方が別れ、その論議が作品の評価を落とすのではなく、むしろ高める方に向かった』と詳しく語った。このことは後述するが、読者がどう評価されるのかも興味ある。実は、著者は今回の芥川賞を受賞する前に、第5回河合隼雄物語賞を短編集「あひる」で、第39回野間文芸新人賞を「星の子」で受賞し、芥川賞に2回もノミネートされていた。それらの作品から「今村ワールド」が全開したのが今回の受賞作品だ、とファンの方々は喜んでいるという。その「今村ワールド」だが、一言で表現するのは難しい。読後感の心のザワツキというか、何か心に引っ掛かる残像が残り、何も終ってないという『違和感』がある。先の小川洋子さんが「今、最も感想文の書きづらい作家」とも評していた。その意味から芥川賞受賞作品らしい本で、一読の価値がある。著者は、1980年2月生まれで広島県広島市の出身。29歳から作家活動を開始して、「あたらしい娘」で太宰治賞を受賞(2010年)した。翌年「こちらあみ子」で三島由紀夫賞を受賞し、河合隼雄物語賞と野間文芸新人賞を2017年に受賞していた。芥川賞の受賞記者会見で「芥川の作品は、よく知りません」と報道陣を驚かせる場面があったと言われている。この発想や考え方や仕事を選ぶプロセス等々を含めて、これが今村ワールドの原点かも知れない。

むらさきのスカートの女        ――日野まゆ子(本書の主人公)――
この本の主人公は「むらさきのスカートの女」だから、いつも紫のスカートを穿いている特徴ある女性である。公園ではいつも決まった場所に座り、近所の子供たちの遊びの対象にされる程の有名人だ。しかし、その女性は服装以外からは、何の不気味なイメージはなく、子供を相手にする位だから愛着すら感じさせる女性だ。こうして物語が始まるが、新たに勤め始めたホテルの清掃作業では、積極的に働いて上司や同僚と好い関係である。その関係から次第に同僚の嫉妬の対象になったり、ホテル備品の横流しや不倫事件等々にも発展していく。そして主人公と事件の真相の解明等は、皆さんが読んでのお楽しみとする。

黄色いカーディガンの女        ――権藤チ―フ(別な主人公)――
先に、むらさきのスカートの女が、公園での所業からホテルでの勤務状況を細かに観察して、ストーカの如く付き纏う女がいる。これを黄色いカーディガンの女と称し、ホテル従業員のチーフとして登場している。そして文中、黄色いカーディガンの女は「わたし」ですと告白して、むらさきのスカートの女の行動を克明にフォローする。いつの間にか、その姿に引き込まれる如く一体感が漂って来る。そして同時に嫉妬心も伴って、むらさきのスカートの女の過ちを指摘する側に廻って追い詰める。そして大事件が起きるが、「わたし」は当事者のむらさきのスカートの女をかばって、逃走の手助けに加担することになる。その結果、主人公が「わたし」に入れ代って傍観者から加害者となって修羅場に激変する。

わたしを眺めている人         ――誰か分からぬ(影の主人公)――
この本の表紙の絵は、スカートの布を被った二人の人の装画(榎本マリコ作)が描かれている。その二人は、むらさきのスカートの女と黄色いカーディガンの女か「わたし」か。もしかしたら、それを眺めている人(あなた)も含まれているかも知れない。そんな妄想をも画きたてる世界が、この本の中にある。それが「今村ワールド」かも知れない。著者が記者会見で語った中に「人と接しない仕事に就きたいと思ったのは19歳の頃だった。元々人付き合いが特意でないことに加えて過食症に悩まされていた。人と接しない仕事で、最初に思い付いたのは、絵本作家だった。しかし、考えて直ぐに面倒臭くなり、自分では無理だと諦めた。次に思い付いたのは漫画家だった。今度は絵本作家より本気だった。漫画家を目指すために道具も揃えて、漫画のストーリィは二つ浮かんだが、結局家の中で働く事を諦めて、外でアルバイトをする様になった。何をやっても全然楽しくなかったが、26歳の時に始めたホテルの客室清掃の仕事だけは、楽しかった。自分に合っていたし、やる気まんまんだった。或る日、突然休みを言い渡され、自分は必要とされないと被害妄想で落ち込んだ。その時、思い付いたのが作家だった。小説を書こうと思い書き始めて、今日がある」とある。小説を地で行く様な感じだが、これが「今村ワールド」なのだろうか。

ページトップに戻る