今月のひとこと
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 周回遅れ 

オンライン編集長 深谷 靖純 [プロフィール] :7月号

 梅雨だという割には雨天順延となる試合も少なく、セパ交流戦は順調にパリーグ優勢で終わりました。季節予報では、7、8月になると例年より気温が高めで雨量が多いそうです。順延となる試合が増えるのは困りものですが、それ以上に災害の発生に繋がるような大雨にならないかが心配です。大雨防災情報の警戒レベルを5段階に分けて通報する運用が始まりました。避難を伴うレベル3以上が通報された際に、どの程度の方が避難なり避難準備を行なうか気になるところです。ここ最近予報精度が上がったせいか、発生確率が低くても最悪ケースを想定した予報が出ることが多いように思います。結果として空振りになるならばありがたいのですが、重なると通報を無視する人たちが増えてきます。ある日突然、最悪のケースが現実化して大きな被害が出るということが無いよう、何らかの対策を講じる必要があるのかもしれません。

 半世紀前の東京オリンピック、エチオピアのアベベが2連覇したマラソンで日本勢は円谷幸吉氏が3位に入りました。それに触発されたかどうかは定かではありませんが、九州の某地方都市の中学校では陸上競技部とは別に長距離専門のマラソン部が発足しました。顧問の体育教師がいろいろと研究し、インターバルトレーニングといった当時としては先進的なトレーニング法を取り入れるなど熱心に指導をされていました。運動能力に自信のない編集子でしたが、走るだけなら何とかなるだろうと入部し、トコトコと仲間の後ろを走っていました。
 その中学では弁論部というクラブもあって、毎日、大きな声で演説の練習をしていました。「彼の横を先頭ランナーが走り抜けていきました。彼は、先頭から1周遅れとなったのです。次から次へと抜かれていき、自分の前を走るランナーが全員ゴールした時、彼にはまだ1周残っていました。それでも彼はあきらめず・・」。マラソン部の練習では2000メートルのタイムトライアルを頻繁に行いますが、1周200メートルのトラックで編集子はいつも先頭から2周遅れになっていました。弁論部の演説はそんな編集子の姿を語ったわけではなく古くからある練習用の原稿を読んでいただけなのですが、恥ずかしい思いで聞いていました。それ以上に不思議に思ったのが、周回遅れになることがなぜ「あきらめる」という言葉に繋がるのかということでした。球技や格闘技では強い方が必ず勝つとは限りませんが、陸上競技では歴然とした記録差があれば勝敗が覆ることはなく、周回遅れになることも容易に予想できます。競技をする者にとって、周回遅れになろうとなるまいと自分のペースで走っているだけで、演説の題材になるような材料は何もないのです。
 走る姿を観戦する側になって、漸く謎が解けました。追い抜いていく選手と追い抜かれる選手の勢いの差は歴然としています。抜かれる本人は自分のペースで走っているだけのつもりですが、観戦者には疲れ果てているように見えるのです。周回遅れになる瞬間は、僅かに残った勝利の可能性が完全に消滅することを象徴する劇的なシーンなのです。
 最近、様々な分野で日本が「周回遅れ」だという表現を見かけるようになったことから、半世紀も前のささやかな「周回遅れ」の体験を思い出すことになりました。「周回遅れ」を指摘される当事者たちはどのような思いでいるのでしょうか。また、「周回遅れ」と叫ぶ人たちはどこから何を観ているのでしょうか。

以上

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