図書紹介
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そして、バトンは渡された
(瀬尾まいこ著、(株)文藝春秋、2019年4月10日発行、第14刷、372ページ、1,600円+税)

デニマルさん : 6月号

今回紹介の本は、第16回本屋大賞(2019年4月9日発表)の第1位受賞作品である。この話題の本では、色々な意味でその年に話題になった本を取り上げている。振り返ればPMAJがJPMFの時代からで、未だオンラインジャーナルが発刊されていない、雑誌ベースの頃から連載させて貰っている。だから、もう20年以上も経っている。そこで取り上げた本は、芥川・直木賞等の著名な文学賞作品や、ベストセラーとなった話題性の高いものを拾っている。その中でも筆者は本屋大賞に注目して、比較的に多くの作品を紹介している様に思う。理由は幾つかあるが、読者を主体とした本が選ばれている点にある。出版業界の不況が叫ばれて久しく、各出版社は顧客層の一層の拡大を狙ったが、その状況が改善されないまま今日に到っている。その中で頑張って読者ニーズ掘り起しに真剣に取り組んだのが、独自な書籍販売を展開している書店主であり、カリスマ書店員であった。そんな状況下、2004年に本屋大賞が実行委員会形式で設立され、「全国書店員が選んだ一番!売りたい本」のキャッチコピーでスタートした。その結果、第1回の受賞作品(「博士が愛した数式」(小川洋子著、新潮社)からベストセラーになり、大賞の投票に参加する書店員も増えていった。その後、ここでも「告白」(湊かなえ著)や「天地明察」(沖方丁著)や「舟を編む」(三浦しおん著)、最近の「蜜蜂と遠雷」(恩田陸著)等を紹介した。現在では、芥川・直木賞受賞作品よりも売上部数が伸びる程の注目を集めている本もある。その意味では、業界の活性化に貢献しているが、問題もある様だ。書店や読者が人気だけで本を選び、専門家筋が見て突出した、異彩を放つ作品が出づらい傾向にある。更に、出版社や作家が人気や読者中心に媚びた作品に傾く危険性を懸念する声もある。然しながら、昨今の活字離れの進む時代に、出版社や書店が活性化して活字の愛好家が増える事は好ましい傾向と言えるかも知れない。さて本題に入るとしよう。題名の「そして、バトンは渡された」の表紙絵は、陸上トラックのリレー競技で使われるバトンらしく、そのバトンの上にリボンを付けた女の子が描かれている。そのオビ文には「血の繋がらない親の間をリレーされ、4回も名字が変わった17歳。だが、彼女はいつも愛されていた」と書かれてある。題名の「そして」が意味する内容は何であるのか。家族小説か学園ドラマかミステリー小説か手にとって読みたくなる本である。名字が何回も変わるとは、この小説を読んでのお楽しみとしたい。

バトンとは親子関係?         ――4回も名字が変わる主人公――
この本の主人公は、17歳の女子高校生である森宮優子。その名前が4回も変わるとは、親が変わることを意味する。一般的には想像しづらい状況であるが、生まれた時は水戸優子であったが母親は亡くなり、父親は田中梨花と再婚。そして父親は、単身でブラジルに行って、残された優子は日本で梨花と一緒に生活を始めて田中優子となる。その後、梨花は気まぐれにお金持ちの泉ヶ原さんと再婚して、泉ヶ原優子となる。暫くして義母の泉ヶ原梨花が家を出る。その後、東大卒で一流企業に働く森宮さんに預けられて森宮優子とる。高校を卒業して社会人になって、やがて結婚するのだが、花嫁の父親は誰が務めるのかな。

バトンとは家庭環境?         ――家庭にある音楽の役割――
この小説の家庭環境は、3人の父親と2人の母親が子供である主人公と織りなす親子関係の展開も、テンポ良く明るく書かれている。しかし、家庭と学校での温かい人間関係を結ぶ重要な役割を果しているのが、音楽でありピアノである。裕福な泉ヶ原邸宅ではピアノを習い、その後森宮家では電子ピアノを弾いている。高校の合唱祭で、ピアノ伴奏を担当する主人公。曲目は合唱曲で有名な「ひとつの朝」だが、ライバルであり友人である早瀬君の組は荘厳な「大地讃頌」である。ピアノと合唱がお互いに盛り上げるコンクールとなった。優子が何年か後に聞く早瀬君のピアノは、二人の明るい未来を予感させる響きがある。

バトンとは友達関係?         ――バトンの共通項を探る――
この本の主題であるバトンには、幾つかの共通項がある。一般的に、親が離婚して再婚して親子関係が変わる環境では、何回も振り出しに戻る家族関係の繰り返しとなり、明るさではなく暗いイメージとなる。増して思春期の女の子は、より敏感に反応して大人の勝手な振る舞いに同調することは難しいと思われる。その点に関して、著者は大賞の受賞インタビューで、「私は独身時代、中学校の教師をしている時『生徒もかわいいけど、我が子はもっとかわいいよ』などと周囲の人からよく言われていました。でも実際に娘ができると、もちろんかわいいのですが、『生徒も娘も同じくらいかわいい』ということに気がついた。夫だってそもそもは他人です。誰かを大切にしたり、愛おしく思ったりする気持ちは、決して“血の繋がり”だけで生まれるものではない、と改めて実感したのです。それで、何度も育ての親が変わりながらも、すべての親に愛情を持って育てられ、幸せにのほほんと暮らしている優子――というキャラクターを思いつきました。」と語っている。この本で書かれた血が繋がっていない親子でも、誰かに愛情を注ぐことが出来る。その結果、愛情を注ぐ側の人生も変えてくれる。このことに確信を持って著者は、この本を書いたという。学校や家庭での虐めやDV等のニュースが目に付く昨今、血の繋がりに関係なく、愛情や思いやりを感じ合う人の繋がりをもっと身近に感じる意味で、この本は多くの人にお薦めだ。

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