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異文化理解力

井上 多恵子 [プロフィール] :5月号

 「異文化を理解するのに、その本はとても役に立ちます。新しい国で仕事をする度に、その本を読み返してきました」そう私に伝えたのは、現在北京に駐在しているハンガリー人の女性マネジャーだ。彼女はアメリカやイギリスなど複数の国で仕事をしてきた国際派だ。2月北京で、あるワークショップを中国人に対して行う準備をしていた際、私を招聘してくれた彼女に、「中国人との接点はこれまであまりなかったから、事前準備としてこの本を読んでいる」と説明したのだ。その本というのは、エリン・メイヤー,が書いた『異文化理解力』だ。副題がThe Culture Mapで、「相手と自分の真意がわかるビジネスパーソン必須の教養」という説明がついている。
 元々職場の30歳手前の同僚が、「この本面白いですよ」と言って貸してくれた。幼少期をイギリスで過ごした彼は、帰国子女として文化の違いに関心を持っているのだろう。同様に帰国子女であり、P2Mの改訂版テキストをつくる際に「多文化交流」について執筆した私も、異文化理解力への関心は高く、早速読んでみた。その話を外資系企業で勤務してきた同僚に伝えたら、彼女もこの本のことを知っており、購入していた。異文化理解に関心がある人にとっては基本となる本のようだ。もし、まだ読んだことがないなら、一読されることをぜひお薦めする。
 この本のどこがそんなに魅力的なのか?それは、8つの指標を使ってThe Culture Map、文化的な地図を作成し、8つの指標それぞれにおいて各文化がどこに位置しているのかを示し、それを豊富な事例で説明していることだろう。8つの指標の中には、P2Mのテキストでも説明しているハイ・ローコンテクストも含まれているし、時間に対する感覚の違いも含まれている。私自身知らない指標があったし、経験知から何となく知っていたことに指標を当てはめることで理解が深まった。
 その一つが、「説得」の指標だ。「説得」には、原理優先と応用優先があり、フランスは原理優先で、最初に理論や概念を検討してから結論や事実を導くのだという。それに対してアメリカは、応用優先で、議論は実践的で具体的で裏付けは発言をした後で持ち出すのだという。確かに、職場の同僚のフランス人は、議論好きで、話は長めだ。アメリカで中学3年間と高校1年分の教育を受けた私は、彼が話をするのを聞いている際に、「結論だけ言ってくれないかな」と思うこともある。でも、彼からすると、私の話し方は深みが無いと感じているのかもしれない。
 厄介なのは、「評価」の指標だ。日本のように、ネガティブなフィードバックは間接的に伝える文化もあれば、直接的に伝えるイスラエルやオランダのような国もあり、ややこしいのは、ローコンテクストなのに間接的なネガティブなフィードバックをしたり、ハイコンテクストなのに、ネガティブなフィードバックを直接的にする文化があることだと言う。例えば、ローコンテクストの文化だからと言って、アメリカ人に対してネガティブなフィードバックをはっきり伝えると、相手の感情を害してしまうリスクがあるのだという。確かに、アメリカ人は褒める時は、Wonderful! Perfect!(素晴らしい、完璧!)などと言って大げさに思えるぐらい褒めるが、否定的な時は通常のビジネスだとあまりはっきり言わないように思う。I wanted to let you know,(あなたに知らせたいと思った)などと過去形を使って婉曲に伝えたりする。いずれの文化でも、政治の世界ではネガティブなフィードバックが行きかっているので、そこは治外法権の世界なのだろう。
 面白かったのは、マクロで物事を捉えてからミクロに入っていく包括的な思考パターンをするアジアと、ミクロからマクロに移る特定的なアプローチをする西洋という視点だ。例として、住所や名前の書き方をあげており、今まで単なるルールの違いとして認識していたものに裏付けができて嬉しく感じた。住所は日本では例えば、東京都、北区などと続き、最後に番地を書く。アメリカは逆で番地から書き始める。苗字を書いてから名前を書くアジアに対して、アメリカは名前が先だ。また、日本では、年、月、日の順に書くが、アメリカでは1 January, 2019などのように、日、月、年の順に書く。この違いがあるので、人を見る際に周りの背景も捉える日本に対して、特定の人にフォーカスをするアメリカがあると言う。こういう違いを知った上で周りの人を観察すると腑に落ちやすくなるのだろう。
 明日スエーデン人相手のワークショップをするために、スエーデンに向けて旅立つ。スエーデン人は、日本や中国のような階層主義ではなく、平等主義だと言う。そういう中では、講師も、受講生と同じレベルと見られる。講師に対してどんな反応を示すのか、どんどん突っ込まれるのか、今のところ見当もつかないが、講師としての私の枠を広げるチャンスであることは間違いない。前向きに異文化体験を楽しみ異文化理解力を高めたい。

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