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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (6)
―国際運用司令官育成の裏話―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :5月号

 「きぼう」を支えるのは筑波宇宙センターの運用管制チーム、3交代で1年中、400キロの上空を見守っています。「きぼう」管制官は少しその技量からマスコミの脚光を浴びるようになりましたが立ち上げの頃は、大変でした。毛利さんや向井さんたち日本人がスペースシャトルに乗るときは、常にNASAに頼っていました。日本が責任をもって運用してゆくことになったのは、2008年に「きぼう」がISSに組み立てられてからです。しかし、NASAと同等の運用管制官の技量を持つことを要求され、要員の認定を行うことが義務付けられました。衛星運用では、現場で実習をしながら技量を判断していたので、さてどのように訓練して国際認定するのか、はたと困ってしまいました。2006年頃から「きぼう」実運用に向かって要員の訓練を開始しましたが、訓練する方もされる方も初心者なので試行錯誤しながらシミュレーションを繰り返していました。そして、NASAのヒューストンと接続した日米合同シミュレーションを何回か行った後、マネジメント会議で、厳しい指摘がだされました。『無人の人工衛星の運用とは違うことを認識して運用体制と意識を変えよ!さもないと、「きぼう」の打ち上げには間に合わないぞ!』

 アメリカとロシアは、スペースシャトルとミール(ロシアの宇宙ステーション)を使ったプロジェクトを含めて10年以上合同運用を行っているので、「きぼう」の運用は、いわばISSという超高速で走る列車に追いつき接続するような作業だ、といったのです。運用管制官はどんな能力がいるのか? 彼らが言うには「不具合が連続するマルチジョッブの中でも冷静な判断をして、不具合手順のどれを使用すればいいのか、判断して対処できること。」でした。内部で検討しNASAとも相談して、運用管制設備とシミュレーターと接続してトラブル運用のあらゆるケースを盛り込んだシミュレーションを何十回も繰り返しやり、運用トラブル手順は技術部隊を入れて訓練を重ねると、どんなトラブルがきても冷静に対処できる運用管制官が育ってきました。

 そんな状況の中、NASAとの交換技術者としてスペースシャトルの運用管制官をやっていたN.S氏(30歳代)が筑波に滞在していた時、フライトコントローラーの信条“の一節を関係者にメール配布しました。「突然、前触れもなく自分の仕事が人の生死を分かつことになる役回りになることを覚えておかねばならない。(Remember that suddenly and unexpectedly, we may find ourselves in a role in which our actions have ultimate, life-or-death consequences.)」
 メールを受け取った我々は、有人宇宙船の世界に入り込んだことを改めて認識し、しばし無言だった。「きぼう」の運用に生死を分かつような作業は無いとは言えません。例えば、「きぼう」の船内でアンモニアが検出される場合があります。ISSでは、船内では装置の冷却は水で行い、その排熱を船外の大きな2枚の熱制御系放熱板(下図)に移送して熱交換するため、「きぼう」の隣の接続棟(ノード2)の船外に水とアンモニアの熱交換機が設置されています。もし熱交換器の中の壁で仕切られているアンモニアがなんからの事情で水に入り込む場合、この接続棟経由で「きぼう」に入り込む可能性がないとはいえません。アンモニアは有毒なので、空気中に漏れたらクルーは直ちに避難しなければ命が危ないのです。船内は水冷ですが、船外は零下になるのでアンモニア冷却です。不具合を発見したら、他に広がらないように米国、ロシア、欧州、日本の4機関の地上管制官ではどう解決しようか相談します。まず、事実をすばやく把握する能力、次にどう解決してゆくかを描ける能力などがいります。地上局の代表は、運用指揮官です。もちろん、このような想定内の不具合の訓練は、本番の前に何回も行っています。 (1)

ISSでは、船内では装置の冷却は水で行い、その排熱を船外の大きな2枚の熱制御系放熱板に移送して熱交換する 運用管制

 2015年1月14日、ISSの歴史で初めて「アンモニアの漏えい」が検知され、警報が出ました。「きぼう」管制室の大画面に大量の警報が発生し、画面は赤や黄色の警報で埋め尽くされ、ヒューストンの管制室も大きくざわつきました。ただちにISS内の宇宙飛行士に対してガスマスクを着け、警報の出ていないロシア側のモジュールから、ソユーズ宇宙船に逃げてドアを閉め隔離する指示が出されました。アンモニアは「きぼう」の重要な機器を冷却していたため、内部電源半分を遮断する必要がありました。宇宙飛行士を退避させ、上流電源を落とす時間内に、全ての機器安全化を完了させたのです。 (2)

 筆者は夜中に技術統括から緊急電話で機器情報の連絡を受け背筋に冷たいものが走るのを感じました。結局、アンモニア漏えいの検知は誤検知だと判明したのですが、事態が判明するまで眠りは浅く、心配な時間が続きました。「きぼう」の運用管制官が、人の生死にかかわる場面に立ち会うことになったのです。

参考資料(1) :  リンクはこちら
(2)  リンクはこちら

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