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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (5)
―謎の気圧低下、空気漏れ?―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :4月号

 当初、NASAは、ISSの与圧モジュールは、宇宙空間で漏れがあると空気が抜けていき大変なことになるので大気中でヘリウムガスを用いてシール部の気密試験をする計画でした。ところが、1993年にロシアがISSに参加することになり、この検証方針が見直されることになりました。ロシアは真空チャンバーに丸ごと宇宙船をいれてリークテストをすべきだとNASAに強く変更を提案したのです。ロシアでは、かつてソユーズ宇宙船の空気漏れで宇宙飛行士が死亡する事故があり、その再発防止策として空気漏れには厳しく検証することになった背景がありました。この提案に関して、NASAは真空化での試験は必要ないとの立場をとっていたのですが、本当にやる必要があるのか、米ロで長期間議論になりましたが、結局、モジュールには多くの貫通穴があり、安全の観点から打上げ形態のモジュールを真空チャンバーに入れてヘリウムリークテストを行うロシア提案を取り込むことになりました。

 「きぼう」船内実験室は、ちょうど大型バスくらいの大きさで、外径4.4m、長さ10mで重さ16トンもあります。真空チャンバーに入れて試験するといっても大がかりな試験になり、お金も試験期間も必要ですしうまくいかない場合には、再試験をする必要があります。筑波の試験設備を管轄しているグループと相談して、予算をとり、大型スペースチャンバーを改修して、「きぼう」船内実験室を丸ごと真空容器にいれた空気漏れ試験を、NASAも参加する国際相互評価作業として実施することになりました。NASAとボーイングから技術者数名が来日し、立会いが行われました。試験の結果、リーク量は米国の実験棟より1桁良かったようで、ほとんど空気がもれない気密構造になっていました。NASAの担当者は、「日本もなかなかやるじゃないか」と、一言いって帰っていきました。ちなみに、「きぼう」船内実験室をスペースシャトルで打ち上げる直前にも、大気中で実験室内部を加圧して圧力変化により空気漏れの最終確認試験を行いました。

『2004年1月5日、建設中の国際宇宙ステーション(ISS)で原因不明の気圧低下が起きている。アメリカとロシアの二人の宇宙飛行士がヒューストンとモスクワの管制センターに報告した。機体のどこかに空気漏れがあると見て、宇宙飛行士がバルブの故障や機体の亀裂などを調べているが、異常個所は発見できていない。気圧低下は、NASAの調査では、12月22日に始まっていたことが判明した。一日の低下量が少ないため、現時点では宇宙飛行士の生命にかかわる危険性は少ないが、原因次第では今後の運用に影響を与える恐れもある。』(2004年1月7日、読売新聞朝刊記事より抜粋)

 このニュースが、「きぼう」打上げ前に飛び込んできました。様々な試験で空気漏れがないことを確認していたのですが、少しヒヤッとしました。米ロの宇宙飛行士がISSのモジュール1つ1つ端から端まで徹底的にチェックした結果、ついに原因箇所をみつけてくれました。場所は、米国実験棟の地球観測窓のホース継手でした。宇宙飛行士が、窓に顔をつけて観察するのですが、無重力でふわふわした姿勢を安定化させるため、無意識のうちにホースをつかんでいたのです。そのため、継手付近のホースに亀裂が入り、微少リークが起きました。ホースを外したところ、気圧低下がピタッと止まりました。運用規則としてこのホースをつかむことは禁止されていたのですが、近くにハンドレールもなく無意識につかんでしまったようです。窓ガラスは2重になっており、湿度により曇ったときに、このホースを通じて窓の間の空気を抜いて真空の外部へ放出するためのものでしたが、亀裂がホースに入ったため、キャビンの空気が僅かづつ外に漏れだしたのが原因でした。
 NASAは、その後の処置として接続ホース全体を覆う金属カバーを製作してISS補給船で打ち上げました。NASAのケネディー宇宙センターで打ち上げ前点検をしていた「きぼう」にも同じ製品の窓が2つあり、緊急に金属カバーを製作して取り付けました。窓のホースをつかんで空気漏れを起こすことは想定外のことだったのですが、不具合が起きてみると当たり前で、無重力の経験が不足していることに気づかされた出来事でした。打ち上げ10年以上宇宙にいる「きぼう」での空気漏れは起きていません。

米国実験棟の底面に地球観測窓が設置されている。
米国実験棟の底面に地球観測窓が設置されている。

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