極夜行
(角幡唯介著、(株)文藝春秋、2018年11月5日発行、第6刷、333ページ、1,750円+税)
デニマルさん : 3月号
今回紹介する本は、昨年新設されたノンフィクション大賞(Yahooニュースと本屋大賞が連携)の第1回目の受賞作品である。この選考作品の中には、「一発屋芸人列伝」(山田ルイ53世著)、「告白、あるPKO隊員の死・23年目の真実」(旗手啓介著)、「軌道、福知山線脱線事故、JR西日本を変えた闘い」(松本創著)等々の注目度の高い本も含まれていた。さて紹介の本であるが、ノンフィクションの範疇の中でも、誰もがチャレンジ出来ない探検家の記録であり、人間の限界に挑んだ体験記でもある。著者は、この本で「探検とは人間社会のシステムの外側に出る活動」と考えて、地理上の空白部分を探る探検ではなく、誰もが経験したことのない探検を試みた。それが北極で冬の太陽が四カ月も昇らない極夜を犬橇で走破する未知なる探検である。これは現代人が経験し得ない環境下で、新たな再発見が出来るシステムの外側の旅が目的であるとも書いている。我々一般人が北極の冬を想像するだけでも恐ろしい世界である。出発して15キロ付近のメーハン氷河、気温は氷点下20度の状況下で強烈なブリザードに遭遇する。風速は何十メートルか想像の世界、テントの中でその暴風雪から滝の様な爆風雪と化した猛烈な重圧に耐える。その時間は40時間程で嵐雪は治まったと著者は書いている。このブリザードで天測用の六分儀(タマヤ計測社製の特注)が吹き飛ばされた。以降、星と磁石だけが頼りの3カ月間の極夜行となる。探検とは、自然との闘いで人間の想定外ばかりで、想う様には行かない連続の日々である。極地では寒さだけでなく強烈なブリザ―ド、食糧確保や相棒の犬(ウヤミリック:イヌイット語で首輪)との葛藤等々。この探検記は毎日が生死を彷徨う様な出来事の連続で、人間とは何か、生きるとは何か等々を考えさせる奥深い記録である。普段、平々凡々と暮らしている人間には想像を絶する事で、生死を掛けた自然に挑む探検家の迫力に圧倒される。
著者は学生時代から探検部に所属し、チベット、ヤル・ツアンポー峡谷の未踏査部を単独で探検。朝日新聞社を退社後、2009年に再び単独でツアンポーの探検。その体験記を纏めた「空白の五マイル」で開高健ノンフィクション賞や大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、「探検家の日々本本」で毎日出版文化賞書評賞も受賞したノンフィクション作家である。
極夜に挑む ――北緯78度、2016年12月6日出発――
題名の「極夜行」だが、極夜とは「日中でも薄明か、太陽が沈んだ状態が続く現象のことで、厳密には太陽の光が当たる限界緯度である66.6度を超える南極圏や北極圏で起こる現象で、北極圏では冬至前後に極夜が起こる」と書かれてある。著者は、グリーンランドの北緯78度から79度まで犬橇で単独走破を果たした。それも真冬の12月6日から2月23日までの三ヶ月弱の期間である。寒さだけでなく、太陽も月もない極夜の中、しかもGPSもない天測六分儀による位置測定、突然やって来るブリザードの来襲やら、白熊や狼等々の襲撃にも備える過酷な状況。肉体的にも精神的にもギリギリな状態で極夜行は行われた。
極夜のカオス ――暗黒空間での月と星と心の葛藤――
今回の極夜行を実施するに当って、4年前からカナダで同じ時期に2ヶ月間の極夜に備えた実験行をやり、3年前にグリーンランドで4カ月間の偵察行もやっている。そして前年はデポ(前線基地)に、予行演習を兼ねて1ヵ月間犬橇を引いて食糧(犬の餌も含め)や燃料を運び、避難小屋や地中に埋めて保管して置いた。この結果がどうなったのかは、読んでのお楽しみとする。この様に事前準備を万端に整えての出発である。しかし、自然は人間の想定を遥かに超えた状況で挑んで来る。暗黒空間での位置測定は月か星が頼りで、測定の不安を確信に変えるには勇気も必要、最後は自分の決断である。それと手持ち食糧が底を尽き、最後は犬橇の犬を食糧にして生還を果たすのか等の極夜のカオスに遭遇している。
極夜が明ける ――本物の太陽を求め続けた探検家――
この本の途中途中に、過去の北極探検記録の話が出て来る。1892年2月にロバート・ピアリーのブリザードの話や、1911年ロバート・スコット隊の南極点初到達の記録や、1917年ラスムッセンが探検したアウンナット北方エリアの話等々。極夜の月明りは、薄明かりで50メートル先は岩か麝香牛(じゃこううし)か何の塊かの判別もつかない。この状態で大型動物を射止めることは出来ない。その極夜で先のピアリーの「お前たちは月から来たのか、太陽から来たのか」の言葉を思い出される幻想的な状況で、夢か幻か現実か判別し難い状況となる。食糧の欠乏で精神的に追い込まれ、生死の淵を彷徨っているか寝袋から出るのも辛い。最後の力を振り絞ってデポ地点に戻って来ると、地中にドックフードの袋を発見した。それ以来、犬の食糧不足は解消され、精神的に解放された結果、帰路の見通しが明確になった。だが外気温はマイナス40度で、いつブリザードが襲ってくるか分からない不安がある。その不安が的中して猛烈なブリザードがやって来た。その翌朝、風もおさまりテントが急に明るくなった。テントを出るとその目の前には、巨大な太陽が出ていた。それは人が母親から産まれ出て、暗闇から最初に明るい光を感じた光景に似ているのか。この本は奥さんの出産場面から話が始まり、極夜の終りが人間誕生の光に重なっている。
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