図書紹介
先号   次号

平成論 「生きづらさ」の30年を考える
(池上彰、上田紀行、中島岳志、弓山達也著、NHK出版、2018(平成30)年9月10日発行、第1刷、203ページ、780円+税)

デニマルさん : 2月号

今回紹介の本は、未だそれ程の話題にはなっていない。しかし、今年の5月の時点で平成の時代は終わりとなり、新しい元号がスタートする。昨年末辺りから、平成時代はどうであったのか等々の雑誌や本が目立つようになって来た。そう言えば、40年前に「昭和史」(遠山茂樹著、岩波新書)が出版されてから、話題となり「昭和史論争」が起こったことを思い出した。さて30年前の1989年1月7日に「平成」の元号を奉書紙に掲げて発表された。その時、平成とは「内平ら外成る(史記)、地平らかに天成る(書経)」という文言から引用したもので「国の内外、天地とも平和が達成される」という事を、時の竹下内閣が決めた。平成以前の昭和は、戦争による敗戦からの奇跡的復興と高度経済成長と激動の時代であったので、内外の穏やかな平和を願うのは自然な流れであったか。そこで本書だが、平成の30年は何であったかを振り返って書いている。それを精神的な「生きづらさ」と捉えて宗教的側面から紐解いている。何故、平成に「生きづらさ」があったのか、昭和時代との対比と技術の進歩は我々に何をもたらせたのか等々。詳しくは、本書を読んで頂きたい。更に、この本が書かれた経緯と著者に大きな共通点がある。著者の一人目がテレビの時事ニュース解説者として著名な池上彰氏、二人目が上田紀行氏で日本の文化人類学者として知られている。三人目は中島岳志氏で南アジア地域研究と日本近代政治思想の専門家、四人目は弓山達也氏で現代社会における宗教性や霊性(教団宗教に依拠しない宗教意識=スピリチュアリティ) の研究でも知られている。以上の4氏は、東京工業大学のリベラルアーツ研究教育院のメンバーでもある。このリベラルアーツ研究院について少し触れて置きたい。リベラルアーツとは「リベラル」+「アーツ」で「自由にする技」という意味で、『創造性に溢れた自由市民を輩出し、より良き未来を自らの手で創造していく気概、志を持った若者を育てたいという大きな願いが込められている』と説明してある。その先生方が、平成の「生きづらさ」の問題点から、新たな時代の展望を探った本に纏めている。

平成とは何であったのか          ――昭和から平成への変遷――
平成は、ベルリンの壁とバブル経済の崩壊からは始まった。このベルリンの壁も、バブル経済もそれ以前の時代の象徴であった。特に、日本ではバブル経済崩壊の修復に「失われた」20年を費やし昭和の負の遺産を脊負ったスタートであった。金融ビックバンと称される規制緩和とグローバル化と構造改革で、従来のシステムが変革された。そこに度重なる大震災と、リーマンショックが経済の屋台骨を揺さぶった。デフレ経済からの脱却が出来ず、一向に先が見通せない社会。地下鉄サリン事件や9・11の同時多発テロ等で政治・経済の不安を抱え、将来の展望が拓けない「生きづらい」状態だったと平成を総括している。

「生きづらさ」を考える          ――スピリチュアリティへの道――
日本で宗教の問題を語るのは難しいが、平成の歴史を振り返ると社会が抱えた問題点から宗教を見る事が出来るという。バブル経済の崩壊で誰しも感じた「むなしさ」が、オウム真理教に惹かれた若者の考えに共通する。それは「むなしさ」の延長上に「生きる意味を求める悩み」を哲学的、精神的、宗教的に解決を求めている。世界的にはスピリチャリティとして1990年代頃から注目され、医療・看護・福祉・教育等の分野でも重要な概念となっていた。そこでリベラルアーツ教育でも、自分の将来を切りひらき、大きな社会的貢献を成し遂げる為、スピリチャリティを「生きる意味の探求」として研究しているという。

新しい時代に求められるもの        ――リベラルアーツの研究教育――
この本が出来た経緯は、著者の方々が公開シンポジウム「現代の社会と宗教」を2017年7月に開催したことに始まる。その過程で、歴史の節目(明治維新から150年、敗戦から75年、平成から新元号)として、日本の未来を見据えた時代を振り返る必要があると総括したという。それがどうして「宗教」に繋がるのかを説いている。東工大は伝統的に教養教育を重視して、川喜田二郎、宮城音弥、伊藤整等々の教授陣を抱え、実践に役立つ教育をしてリベラルアーツの教育研究にも繋がっているという。平成を技術的側面から見ると、インターネットやスマートフォンやAI(人工知能)が世界中に、大きな変革をもたらせた。リベラルアーツの発足前に関係者が世界の一流とされる多くの大学を訪問した。その時、MIT(マサチューセッツ工科大学)での航空工学の教授の話が紹介されてある。「先端科学技術は五年で陳腐化して使い物にならなくなる。そのダメになった時にいかに学び直して、新たな道を切り開けるかの能力を磨く事、更に二千五百年続いている仏教等の時代を超えて生き続けている文化伝統がある。科学者は絶対にその事を知っておくべきだ」と話したという。この話が出発点となって、2016年に研究院がスタートしたと書かれてある。時代が変化しても変わる物と変わらない物がある。それが何であるかを見極める為にも、歴史を振り返る必要があると指摘する。新しい時代を見通す意味で、本書は大いに参考になる。

ページトップに戻る