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インドで学んだ人と社会に影響を及ぼす力

井上 多恵子 [プロフィール] :11月号

 「日印でデジタル協定 -AI共同研究」という見出しの記事が、10月25日付け日本経済新聞の夕刊の一面に掲載された。この意義あるニュースが報じられた同日に、私は、インドのバンガロールにいた。リーダーシップ研修の事務局メンバーとして、インドに一週間滞在していたのだ。同記事には、「インドのもつ優れた技術や人材を日本に呼び込むことで国際競争力を高める」と書かれている。我々研修事務局は、イノベーションが職場で起きる文化をつくるリーダーを育てる目的で、イノベーションを世に送り出す力、著名企業のCEOを輩出する人材力、そして、VUCA【Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)】を体現している環境に着目して、インドを選んだ。
 Ambiguity(曖昧性・不明確さ)は、インドへの旅を準備する時点で既に感じた要素だ。インドに入国するには、インドに所在している企業から招聘状をもらってビザを取得する必要がある。記載内容が細部まで正式に決まっているわけではなく、なんと、その時に審査する人の意向に影響されると言う。コミュニケーションも、難航した。先方から届くメールは、かなりハイコンテキストな内容で、例えば、宿泊予約も、グループ予約ができるのか否か、理解するのは容易ではなかった。正直言って、準備の段階では、イライラすることもあった。その度に、「これも異文化コミュニケーションの学び」と自分に言い聞かせて、なんとか乗り切った。
 バンガロール空港に到着して驚いたのは、空港の綺麗さだった。タクシー乗り場でも、整然と人が並んでいた。2012年に訪問した際は、セキュリティを考慮し迎えの車を使ったが、今回は安全ということで、タクシーを利用した。運転は荒かったが、道に迷うこともなく、無事にホテルまで連れていってくれた。2012年に訪問した際はひどい車酔いに悩んだが、今回は一部道路が舗装されたからか、車酔いはせず、進化したインドを感じた。一方で、「旅行者からできるだけお金を取ろう」とする態度は引き続き残っていた。タクシー運転手への支払の際、「1000ルピー(日本円にして約1500円)」と言われて、「レシートのどこに書いてある?」と聞いたら「900ルピーだ」と訂正してきた。1000ルピーを渡して「100ルピーお釣りを」と言ったら、「お釣りが無い」の一言。この手口は経験済みだったので。ホテルで崩してもらい、900ルピーを支払った。この話を研修会社のインド人にしたところ、「それはインドが改善しないといけない点だ。一方で、インド人は本当に優しい心も持っている。大きな自然災害があり家を失った人がたくさん出た時、見ず知らずの人のために自宅を開放する人達が相次いだ」
 実際、彼らの性格の良さに、今回は何度も触れる機会があった。宿泊先の高級ホテルの従業員は、全員感じが良かった。日本の高級ホテルだと時々「作ったような笑顔や態度」を感じることがあるが、彼らからは、皆心の底から、宿泊客のために尽くしたいと思っている感じが伝わった。サービス向上にもとても熱心で、食事後の評価で平均点を付けると、改善したいからと、毎回理由を確認しに来た。味もサービスも満足がいくものだった最終日の夜の食事の際は、全項目に最高点を付け、良かった点を具体的に書いた。すると、「良い旅を!」とプレートに書いたティラミスをシェフがわざわざ部屋に持ってきてくれた。前日の昼間そこで食べたティラミスがとても美味しかったと伝えたことを誰かがシェフに伝えてくれたのだ!
「良い旅を!」とプレートに書いたティラミス
 最近日本で必要性が唱えられている「社会貢献」。今回会ったインドの優秀な人達の「社会や環境を見つめる目」に驚かされることが何回もあった。例えば、ホテルでは既にビニール袋の代わりに、紙製を使っていた。また、訪問先のある会社では、「自社の商品をいかに売るか」よりも、「いかに社会の課題を解決していくのか」に重点が置かれていた。
 インドには、前述した点以外にも、課題はたくさんある。貧困の差が激しく、ホテルを出て少し車で走っただけで、喧噪と混沌の世界が現れる。車は秩序無く運転され、クラクションもあちこちで鳴り、大量のごみが散乱している場所もあった。
 しかし、この喧噪と混沌と貧困があるからこそ、「一生懸命、より良い世界をつくっていこう」という想いになる人がいるのではないかと感じた。ある会社では、こんな話をしてくれた。「自分達の拠点は、コストが安いという理由で創設された。しかし、まもなくして、自分達は、それを越えた存在として自分達を捉えるようになり、イノベーションを起こす拠点としての地位を築いていった。」社会を見つめ、自分達が提供できることを考え、与えられた環境を自ら変えていく、その積極的なハングリーな姿勢から学べることは多い。インドでの日々を思い出すことで、足りないことを理由に行動しなくなる自分に活を入れたい。

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