AI VS. 教科書が読めない子どもたち
(新井紀子著、東京経済新報社、2018年5月9日発行、第9刷、287ページ、1,500円+税)
デニマルさん : 10月号
今回紹介する本は、衝撃的なタイトルである。今最も世間でホットな話題であるAI(Artificial Intelligence:人工知能)が、子どもの学校教育でどんな影響が出ようとしているのか気になって読んでみた。本書は、非常に分かり易くAIと学校教育の問題点を指摘して、これから対処すべき具体的な問題提起をしている。そこでAIの現状を理解し、未来を担う子どもたち及び、我々大人が何を考えて何を成すべきか、今後の参考にしたかった。最近のAI技術の発達は目覚ましい。特に、2000年代前半の「エキスパートシステム」と呼ばれる人工知能は、コンピューターに人間の専門知識を覚え込ませてカウンセラー機能を持たせる方向で実用化を図った。更に、「ディープラーニング(深層学習)」のAIが登場して、囲碁・将棋やチェスのプロと戦って勝利する実績も上げている。一方で自動車の自動運転技術にもAIがどんどんと取り入れられて、今では自動運転レベル-3(条件付き運転自動化)まで可能となり、2020年までにレベル-4(高度運転自動化)として、一般道路での自動化運転を目指しているとメーカーは言っている。このAIの自動運転技術の件について本書では触れていないが、それほどAIが実用化に近づいている事を身近に感じたので触れてみた。さて本題に戻ろう。著者は現在、国立情報学研究所教授で「教育のための科学研究所」代表理事・所長である。そして専門は数理論理学とあるが、本書では一人の数学者としての見地から、本書を書いたという。AIと人工知能を解明して、「AIと教科書が読めない子ども」との関係を掘り下げている。本書から現状の問題点が明確になった。この本は、第66回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞している(2018年5月31日)。その選考者は「AI研究から人間の知性の構造へと迫る本書の道筋は、まことに明晰。問題の本当のありどころとその深刻さを教えてくれる」と評している。尚、この日本エッセイスト・クラブ賞は昭和27年に制定され、毎年新人エッセイストの発掘に努めているとあり、賞金はクラブ会員の会費で賄われていて、どの企業や団体とも関係ないのが特徴でもある。
ロボット研究からの問題提起 ――AIから東ロボ君へ――
著者は、2011年に「ロボットは東大に入れるか」という人工知能プロジェクトを担当した。そのロボットは「東ロボくん」と称され、彼の偏差値が目覚ましく上昇したのだ。2013年に初めて“受験”した代々木ゼミナール「第1回全国センター模試」では全国平均を大きく下回って偏差値は45だったが、3年後に受験したセンター模試「2016年度進研模試 総合学力マーク模試」では平均得点を上回る525点を獲得し、偏差値も57.1まで上昇したのだ。この得点は、首都圏のMARCH(明治、青学、立教、中央、法政)の学科に入学可能ともいわれる。この成長は何を意味するか、それがAIを考える基本的な問題だと著者は言う。
AI技法として問題提起 ――AIのシンギュラリティ――
その基本的な問題は、AIとAI技術の混同でAIは何でも出来ると誤解されている事を著者は憂いている。入試問題を解くのは、統計的手法を駆使した「ディープラーニング」技術が進歩したので、AIが進歩したのではない。先の自動運転レベルも画像認識のAI技法が進歩したので、AI全体の進歩で自動運転が可能になったのではない。AIの根本的な理解は、シンギュラリティが可能なのかという一点だという。シンギュラリティとは、 非凡、特異性の意味だが、AI用語では「真の意味のAI」で、人間の力を借りずに独自に能力を発揮する事と定義している。だから現時点でAIは、人間の能力を越えていない。
教育現場からの問題提起 ――AIから教育を考える――
著者は「東ロボくん」の開発過程で、現在の高校生と学力対比をした。その結果、高校生の半数以上が教科書の記述の内容を理解出来ていないばかりか、8割の高校生が東ロボくんに敗れていることが判明した。具体的には「記憶力(正しくは記録力)や計算力、統計に基づく大まかな判断力は、東ロボくんが多くの高校生よりはるかに優秀」である。この根本的な問題は、文章を読んで意味を理解する能力=読解力を基盤とするコミュニケーション力と理解力の欠如にある。こうした学力は、中学卒業までに教科書を読んで培われる能力である。この判断能力こそが人間本来の能力で、AIでは出来ない能力である。著者は読解力を高めることが急務であると力説する。今求められる事は小学校からの義務教育で「読み、書き」を身に付ければ、AIを超えた人間本来の能力が発揮出来ると書いている。
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