PMプロの知恵コーナー
先号   次号

ゼネラルなプロ (95) (実践力)

向後 忠明 [プロフィール] :9月号

 前月号ではプロジェクト組織内に不協和音が生じ、工事工程に遅れが発生してきていることをお話ししました。
 不協和音の原因はPMにとってこのプロジェクトが初めての経験であり、彼のこれまでのルーチン業務での経験を適応しようとしたことが原因と説明しました。
 そのため、この解決のため筆者がPMと共にその問題解決のため協力していくことになり、調査やチーム員からヒアリングを行い、そこから得られた情報を整理してみました。
 その結果、前月号「ゼネラルなプロ93」で話したように以下に示すような原因と今後の問題として考慮しなければならないことが出てきました。

最初の立ち上げの段階でのミスが大きく、後の作業工程に影響するようなこと。
PMがこのまま仕事を続けるとさらに問題が発生すると思われます。すなわち、このままでは将来に問題が発生する。その時にこのPMは適切な判断と対策を立て的確な行動を取れることに期待が持てない。

 しかし、これまでの調査では設計作業は予定通りに進められていることがわかり少し救いでした。そのため、調達での機材関係の引き合いに必要な図面や要求仕様書もできていました。
 問題はPMのメーカまたは工事業者の選定判断および決定に対する煮え切らない態度がチーム員から出ている不満の原因であったことがわかりました。

 このような時に考慮しなければならないことは、起きている現象だけでの判断だけでは問題があると思い、対象となるプロジェクトをゼロベース発想で考えることにしました。
 すなわち、短期的な視点や現象などの狭い範囲ではなく、期待と現実の全容を見極め、プロジェクトを俯瞰した捉え方で見ていく必要があると考えました。
 まずプロジェクトマネジメント的視点からみると、まだ設計が終わった段階なので今後機材の調達、搬入そして現場工事となるが,その仕事の流れが順番に滞りなく進められるようになっているかが問題でした。

 第一にこのプロジェクトの場合、設計作業はかなり進んで多くの書類及び図面ができているがプロジェクト規模が大きいほど、設計関係書類を必要に応じてそれぞれの関係部署や現場に配布する必要があります。

 ここで大事なのは各現場作業エリア区分と各作業の機能区分(設計、調達仕様書作成、引き合い、交渉、そして各工事の作業等々)についてWBS(Work Breakdown Structure)を明確にしてこれをスケジュールに落とし、作業手順を明確にしておくことが重要です。
 そして、その作業を適切に処理することのできるリソースの配分とそれに見合った組織ができているかどうかを見る必要があります。
 このことをPMにヒアリングし、また関係者にも確認したところ、まったくできていないことがわかりました。
 このままでは次の作業である調達関係及び現場作業が混乱することが明らかであることもわかりました。
 そのため、筆者が将来問題となると予想した結果となり「やはり!このままではさらに問題が大きくなる。何とかしなければ!!!」と思いました。

 前月号で筆者が何となく言っていた「筆者はこのPMとその後も何度か話をしましたが彼の自信あふれた物言いが少し気になりました」が現実となっていました。

 すなわち、彼は「自分の経験からこの程度の仕事はこれまでのやり方で十分出来る」と自信ありげに赴任する前に筆者に言っていました。
 この調査結果をPMに示し、説明すると彼は「プロジェクトマネジメント研修やその後の関連する本を読んで勉強しても現実はその通りにならないのですね!」と他人事のように言っていました。

 前月号で説明したようにプロジェクトの実践にはプロジェクト規模に従ってそれぞれレベルがあることは説明しました。
 この各レベル段階から想定してもこのPMの実力はまだプロジェクトマネジャのどのレベル範囲にも入れないような人であったということになります。
 しかし、このPMは会社のそれなりの立場でもあったことは事実であり、マネジメントセンスはあると考えられます。
 そのため、筆者はこのままではさらに問題が大きくなると思い、彼のアドバイザーとして、当分このPMのそばにいて一緒に仕事をすることにしました。

 そして、早速実行したことは、さらなる詳細な現状の調査と正確な設計や調達にかかわる書類の作成の進捗度合を見ました。
 その結果は、研修でいろいろと教えたプロジェクトの基盤となるWBSの構築、プロジェクト遂行ガイドラインの設定、マスタースケジュール、そして実行予算計画も作成され、これらをまとめたプロジェク計画書の作成も行っていました。
 内容も一応は赴任前に行った研修の結果は生かしていたようですが、このプロジェクトの規模や複雑さからみると十分なものではありませんでした。
 このような状況であったが、すでにここまで出来上がった成果物を作り直すことは現在の進捗からみるとかえって混乱すると考え、PMと相談のうえ、下記の点について、もう一度見直ししていくことを推奨しました。

 一つは将来の作業に大きく影響するスケジュール線表でした。
 なぜなら、あまりにも作業単位(Activity)が細かく、かつバーチャート形式で作成されていたため見にくく、現在の進捗との照合に苦労するものでした。
 そこで、もう少し作業単位(Activity)の数を少なくすること(少なくとも300以下)と各作業の関係を明確にするためのネットワーク型の線表に変更するようにお願いしました。
 もう一つはプロジェクトをスムースに間違いなく進めるための手順書すなわち、コーディネーション手順(Coordination Procedure)であり、この書類の作成をお願いしました。
 この書類には以下のようなことを示す必要があることを説明しました。

 すなわち、特に大きなプロジェクトほどステークホルダーの数も多くなり、プロジェクト関連の書類や図面が多く、またコミュニケーションチャンネルも膨大になります。
 そのため、社内・外のプロジェクトに関係する組織および人々との情報(電話、メール、レター、データ、図書類等)交換による現状の周知、およびその結果としての組織パーフォーマンスの向上を目的としたプロセスを説明する書類が必要になります。
 また、この書類には誰が、どの情報を何時、どのように、どのくらい、どのようなルートで、誰に必要かを明確にする必要があります。その他、各種会議や報告書の内容や提出に関する規定も示す必要もあります。

 その他の問題としてはPMが調達ステージでなかなか決断できない理由の一つは調達に関する評価基準が明確になっていなかったことでした。
 また、調達においてありがちな、ステークホルダーとの利害調整で手間取っていたことも原因のようでした。
 PMにとってこのような場合は関係調整力と交渉能力ということが重要な資質となり、これが決められない理由の一つと考えられました。
 いわゆる、課題解決を含む関係調整や交渉力といった実践力の不足が原因と考えられます。

 いろいろヒアリングや調査の結果、これまで示してきたような多くのことが判明してきました。
 そのため、プロジェクトマネジメント実施上の問題は上記に示した指示に従って実行すれば以降のマネジメント上の問題はかなりクリアーになると考えました。
 なお、PMの決められないといった優柔不断さについてはPMの個人的な特性の問題であり、アドバイザーとしては何もできません。
 そのため、この部分については筆者自身が関係者との調整やメーカ及び工事業者との交渉にPMと共に介入し解決しなければならないと思いました。
 そして、調達評価基準が完成したところでメーカや工事業者とPMと一緒になって交渉し、実行スケジュールに従って、一つ一つ決定していくように指導していきました。

 このようにして何とかこのプロジェクトの問題の解決をOn-the-JOBでPMの教育を含め行ってきました。
 しかし、今回はいかにルーチン業務のマネジメントに卓越した人でもこのように規模の大きいそして複雑なプロジェクトには荷が重かったように感じました。
 このように考えると、赴任前にプロジェクトマネジメントの基本は教えたつもりであったがやはりPMにはプロジェクト実践に当たっての経験と実践能力が必要だと感じました。

 いずれにせよ、プロジェクト初期での活動の欠陥はあとになるほど傷が深くなることは周知の事実です。
 人材の育成ということではプロジェクトの計画段階の早い段階からPM候補者と共に仕事を進めていくことが重要であると感じました。
 しかし、それでもPMの実践力といったその人個人に内在する経験や知識以外の特性までは教育することはできません。
 今後、この「実践に必要な能力」とは何かを考えてみることにし、プロジェクトマネジャのプロジェクト遂行での特性についての指針みたいなものを作ってみたいと思うようになりました。

 ここまででこのプロジェクト遂行における基本的な枠組みと必要な資機材や工事業者の決定を一部であるが何とか完了し、PMに後のことを任せて、筆者はこの現場を離れ、本社に帰ることにしました。
 なお、現場を離れるときにプロジェクトチームメンバーを集めてみんなに以下のような話をしました。

 このプロジェクトはPMだけがやっているのではなくチーム全員が協力して行うものであり、不満があれば直接PMに意見具申するべきでありまたそのような環境が必要です。場合によっては仕事以外での場所でもみんな一緒になってざっくばらんに話せる場を作る必要もあります。
 この結果、相互信頼が高められ、コミュニケーションクライメート(Communication Climate)といったものが醸成されます。
 今後そのようにしてこのプロジェクトを進めていただきたいと思います。なお、これまでプロジェクト遂行に必要な手段及び必要なことはPMに詳しく説明しましたのであとは皆さんの行動次第です。

 以上のようなことを言って現場を離れましたが、これでも筆者としてはなんとなく「うまくいってくれればよいのだが・・・・」と思いました。

今回はここまで

ページトップに戻る