仕事が終わった後、夕方ニースに戻り旧市街と海岸を散歩したが、海から山の麓までは3キロくらいしかない。海はお世辞にも美しいとは言えない灰色がかった青で、ビーチ幅は狭く石だらけであった。コート・ダジュールはもともとイタリア領で、入り組んだ海岸線に散在する寒漁村と山しかなかったが、19世紀の終わり頃になってヨーロッパの金持ち用に避寒地としてのリゾート開発が一挙に行われ20世紀の入り口には年間40万人がすでに訪れていたとのこと。
短い今回の旅で素晴らしいと感じたのは、高台にある小さな町が瀟洒であるのと、プロヴァンサル(プロバンス風の)と呼ばれる花が溢れる狭い路地であった。
この原稿の最後のところは、FIFAワールドカップの日本対セネガル戦を見ながら書いていたが、2-2の引き分けとなり、セネガルに関係のある筆者にはまず好都合である。筆者の4人の孫には、以前ダカールの空港で買ったセネガルチーム<< Les Lions de la Téranga >> (おもてなし上手のライオン達)の ジャージを配ったが、彼らはそのことを覚えているだろうか。
ヨーロッパへの旅はもう少し続き、7月がロシア、8月がフランスで、それ以降はアディショナルタイムとなるか、どうか、まだ分からない。 ♥♥♥