今月のひとこと
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東京下町言葉

オンライン編集長 深谷 靖純 [プロフィール] :1月号

昨年始まったプライアムフライデーのことを覚えていますか。PMAJ最寄りの東麻布商店街には「プライアムフライデー」記念イベントを知らせるポスターが貼りだされていて、まだ続いているのだなと気づかされます。商店街の振興に殆んど寄与できていないのが申し訳なく、北風に追い立てられてこそこそと通り抜けています。

自分の使う話し言葉がどの様に聞こえているか、テレビやラジオに出演されて自分の声をよく聞く方でなければ分からないと思います。編集子の場合、標準語に近い言葉を使っているつもりですが、どこかの地方のなまりが入っているはずです。偶々、親が転勤族だったため、複数の地方で育ち、コミュニケーションを取るために標準語を使わざるを得なかったという事情ですが、かつて住んだことがある地方の何処の言葉も使うことができないということはコンプレックスの一つとなっています。
この標準語というものは、情感がない無機質な言葉です。標準語を開発した明治時代に、現代の人工音声としての利用を予測していたとしたら、先見の明があったということになるのでしょう。
かつて、情感がある美しい言葉だと感じたのは、女性が使う京都の言葉です。舞妓さんや芸伎さんが使う言葉ではなく、京都の街中で普通に聞こえてくる言葉です。さらに同じ関西圏の田舎の方に行くと、優しい言葉を聞くことができます。大阪や神戸といった都会の女性はやや元気過ぎて美しいという感じではありません。また、最近、関西圏以外で使われる怪しげな関西弁は醜悪としか言いようがないのですが・・。
東京の下町育ちの女性が使う言葉が美しいということには、長い間気がつきませんでした。気付かせてくれたのは、あるテレビ番組で流された録音テープの音声です。一音一音を声に出すのはもどかしいとばかりに言葉を縮めた話し方で、おそろしく早口でした。にもかかわらず、上品な優しさがあふれた美しい言葉なのです。
サラリーマンとして東京地区に転勤してきて約40年ですが、東京下町の言葉に生で接したことはほとんどありません。職場でも酒場でも、なまりが残ってはいるものの標準語を使う人が殆どです。大変失礼で申し訳ないのですが、東京の下町言葉というのは上品さのかけらもないがさつな言葉だと思い込んでいました。
江戸下町の言葉を今に伝えるというと落語では、下町のかみさん連中が大声でまくし立てたり、下品な言葉を連発します。賢い女房といった設定もたまにあるのですが、亭主をたしなめる口調はゆっくりとしているだけで美しいと感じませんでした。東京下町の古くからの言葉を伝えるといわれた沢村貞子(女優・故人)、内海好江(漫才師・故人)、浅香光代(女優)といった方々も、耳触りのいい話し方とは思えませんでした。下町を舞台にした「男はつらいよ」という映画では、男のセリフにはべらぼうめなどと下町らしい言葉が入っていますが、主人公の妹役のセリフはなぜか標準語です。下町言葉を使うと下品になるから避けているのだと推理していました。
かの録音テープの主は、小説家山本周五郎氏の夫人清水きんという方です。「夫 山本周五郎」という本を出版した際、清水きん氏の聞き語りという手法を取ったそうでその時のテープが発見されたということでした。
かつて同じような言葉を聞いた記憶がありました。やはり、テンポが良くて、声を張り上げることなく低い声で話され、心地よく感じた覚えがあります。東京下町に住む同僚なのですが、当時は、漠然と東京の下町言葉だろうと考えたものの、その方独特の話し方なのだろうと思っていました。今回、偶然見たテレビで流された録音テープを聞いて、これが本物の東京下町言葉なのだと初めて気付いたのです。
既に東京の下町といわれる辺りでも、昭和の初めから代々住んでいるという方は1割を切っているそうです。東京下町言葉も若い世代には受け継がれていないかもしれません。情感の無い標準語や醜悪な方言もどきが横行する世の中は、何とも寂しくてたまりません。難しいとは思いますが、東京下町言葉が生き残ることを願ってやみません。

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