遠い山なみの光 (A PALE VIEW OF HILLS)
(カズオ・イシグロ著、小野寺健訳、(株)早川書房、2017年10月17日発行、第12刷、275ページ、700円+税)
デニマルさん : 1月号
毎年12月に日本出版販売㈱は、その年の年間ベストセラー本のランキングを発表する。ここで毎月話題の本を紹介している関係で、その結果に注目している。昨年は、「九十歳。何がめでたい」(佐藤愛子著)、「ざんねんないきもの辞典」(高橋書店)、「蜜蜂と遠雷」(恩田陸著)が上位3冊である。それ以下には小説だけなく宗教や健康関連の本も含まれているが、筆者は上位40位中の半分位は読んでいる。しかし、ここで紹介出来る本は12冊なので、ランキングに捉われず内容やタイミングを考慮して厳選している。このベストセラー本には入らなかったが、昨年10月ノーベル文学賞が発表されて、ブックランキングの様相が一変した。以来、書店やアマゾン等で受賞者の作品は入手困難となり、約1カ月も待たされ筆者が入手したのが11月に入ってからだ。今回は、その最もホットで読み応えのある本と、我々が余り知らない著者の経歴やノーベル文学賞を受賞した理由等々を紹介したい。
2017ノーベル文学賞 ――カズオ・イシグロ――
ノーベル賞と言えば日本人が4年連続で受賞出来るかとか、ノーベ文学賞の受賞が期待される村上春樹氏の話題もあった。しかし、2017年ノーベル文学賞は、日系英国人作家カズオ・イシグロ氏が受賞した。一昨年は歌手のボブ・ディラン、今回の受賞発表といいサプライズを狙ったのかとの声もあった。その選考理由は「感情に強く訴える小説で、世界とつながっているという我々の幻想の下に隠された闇を明るみに出した作家」と公表された。
カズオ・イシグロとは ――長崎生まれの英国作家――
カズオ・イシグロ氏は日本名を石黒一雄といい、長崎県生まれの日系英国人である。氏が5歳の時に海洋学者の父親の英国赴任で、一家は英国南部サリー州に移住した。以来、小学校から大学まで英国で育ち、一時期ミュージシャンを目指したが、大学での文学専攻から創作活動に入った。その処女作が今回紹介する本である。その作品で英国王立文学協会賞を受賞した。1989年には「日の名残り」で英国最高文学賞のブッカー賞を受賞している。
イシグロ・ワールド ――薄明という世界観を綴る――
紹介の本は、戦後間もない長崎が舞台である。英国に住む主人公が娘の自殺で喪失感を抱きながら、ある母娘に出会う。その母親はあてにならぬ男に未来を託し、無気味な幻影に怯える娘の言動に主人公は不安を覚える。あの頃は、誰もが傷つき不安定な生活の中で、懸命に立ち上がろうともがいていた。この微かな光を求めて生きる人々の姿を端正に描いている。後にイシグロ・ワールドと言われる「薄明」感覚の新たな世界が拓かれた。
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