PM研究・研修部会
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PMBOK®ガイド 第6版が示すビジネスの視点

PMAJ PM研究・研修部会員
(株)JSOL シニアコンサルタント 大泉 洋一 [プロフィール] :11月号

1. はじめに
 2017年9月6日にPMBOK®ガイド 第6版が世界12ヶ国語版で同時発行された。我々PMAJ PM研究・研修部会では、長年PMP®試験対応講座の実施を通し、PMBOK®ガイド の研究に注力してきた。今回の第6版についても、発行前から精力的に情報収集を行い、発行後は全容の把握に取り組んできた。
 今回の改版を受けて、第6版の変更点を分析し、紹介するセミナーを既に複数回開催し、今後も開催を予定している。
 これらの取り組みを通し、第6版変更点について、我々なりに考える機会に恵まれてきた。我々が考える第6版変更点に関する体系的な見解の説明は別の場に譲ることとし、ここでは私が個人的に注目している「ビジネスの視点」が強調されるようなった点について、私見を述べる。

2. 「ビジネス・ケース」改め「ビジネス文書」
 2012年12月に発行されたPMBOK®ガイド 第5版(日本語版は2014年1月発行)では、「1.6 事業価値」が追加され、「プロジェクトへの投資からより多くの事業価値を獲得することができる」と、プロジェクトとビジネスの関連性が強調されるようになった。更に第6版では、第5版と比較して大幅にビジネスに対する視点が強化されている。第6版でビジネスの視点がどのように取り上げられているのか、主な点を具体的に見ていく。
 第5版では、ビジネスに関連するインプット/アウトプットとして、「ビジネス・ケース」が規定されている。第6版では、これが「ビジネス・ケース」と「ベネフィット・マネジメント計画書」から成る「ビジネス文書」に拡充されている。
 第5版に登場する「ビジネス・ケース」は「プロジェクト憲章作成」のインプットとして1つのプロセスでのみ規定されていた。第6版で「ビジネス文書」は「プロジェクト憲章の作成」「プロジェクトやフェーズの終結」「要求事項の収集」「予算の設定」「調達マネジメントの計画」「ステークホルダーの特定」と実に6つのプロセスのインプットとして規定されるようになっているのである。

3. プロジェクトの成功
 次にプロジェクト成功の定義について見てみる。第5版では、プロジェクトの成功について、「プロジェクト・マネジャーと上級マネジメントが承認したスコープ、タイム、コスト、品質、資源、およびリスクの制約条件でプロジェクトを完了」するべきとしている。更に「権限をもったステークホルダーによって承認された最新のベースラインと照合」するとしている。端的に言えば、ベースライン(スコープ、タイム、コストなど)の範囲内でプロジェクトを完了することがプロジェクトの成功であると定義しているのである。
 一方で第6版では、「伝統的に、タイム、コスト、スコープ、および品質というプロジェクトマネジメントの評価尺度が、プロジェクトの成功を定義する際の最も重要な要素であった」と述べたうえで、「最近では、プロジェクトの成功はプロジェクト目標の達成も考慮して測定される必要があると判断されている」「プロジェクトの成功を判断するには、組織の戦略やビジネスにおける成果の実現につながる基準も追加されることがある」としている。つまり、第6版ではプロジェクトの成功について明確な定義は避けつつも、従前のベースラインを遵守することに加え、ビジネス目標の達成を加味することに言及しているのである。

4. プロジェクト・マネジャーの役割
 プロジェクト・マネジャーの定義は、第5版、第6版とも「プロジェクトの目標を達成することに責任を持つチームをリードするために、母体組織が任命する人物」となっている。ただし第6版では、更に「多くのプロジェクト・マネジャーは、立上げから終了まで一貫してプロジェクトに関与する」としたうえで、「一部の組織では、プロジェクトの立上げに先立って評価や分析に携わることもある」とし、「これらの活動には、戦略目標の推進、組織のパフォーマンスの改善、または顧客のニーズを満たすための提案について、経営陣や事業部門リーダーと相談することが含まれる」としている。
 即ち、第6版で規定するプロジェクト・マネジャーの役割では、プロジェクト開始前に行うビジネス目標とプロジェクトとの関係づけについても携わることに拡大されているのである。

5. 第6版におけるビジネスの視点の強化
 以上で見てきたように、PMBOK®ガイド 第6版では各所の記載において、ビジネスの視点が強化されている。全般を通して、ビジネスの視点が盛り込まれ、プロジェクトの推進において、プロジェクト・マネジャーがそれを強く意識することが求められている。第5版では第1章の一部で「事業価値」について触れたのと比して、大きく一歩踏み出している。
 私は、この紙面の7月号で我が国の多くの優秀なPMがQCDの呪縛に囚われ、ビジネスの視点が欠如している現状を批判的に述懐し、ベネフィットについてもベースラインを規定すべきであると私見を述べた。PM界における実質的なグローバルスタンダードであるPMBOK®ガイド が、ビジネスの視点をより強く盛り込む方向で進化したことを嬉しく感じている。と同時に、プロジェクト・マネジャーの社会的な責務は単にプロジェクトを成功させることではなく、事業価値を高めることが一般化されていることに、背筋が伸びる思いである。
以上

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