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LGBTの講演会で学んだ、人を巻き込む力

井上 多恵子 [プロフィール] :10月号

 先日、LGBTへの理解を深めるイベントに参加した。当初案内文を見た時には、興味を持たなかったイベントだった。会社で開催されたので移動の時間はかからないものの、忙しい中、敢えて時間を割いて行く程のイベントではない、そう思っていた私の心を、イベント担当者の熱意が動かした。案内文を社内メールで受け取ってまもなく、コピー機の前ですれ違った際に、彼女は声をかけてきた。「今度のイベントにぜひ参加してくださいね」その時は、社交辞令で、こう答えた。「時間が取れるようなら行きますね」その数日後、化粧室で会った際には、「会社を辞めた井上さんの同期のAさんも参加されますから」と言ってきた。公開イベントだったので、社外の人も参加ができたのだ。この時点で、私の心が少し動いた。Aさんがわざわざ来るぐらいなら、意味があるイベントかもしれない。数日後、廊下ですれ違った際に、彼女はまた声をかけてきた。「イベントで上映する映画を今何回か繰り返し視て確認しているのですが、本当に心を打ちます」この時点で、映画好きな私は、「行く」ことを決めた。
 実際にイベントに参加して、大正解だった。参加して、本当に良かったと思う。LGBTに対する理解が深まり視野が広がったこともその理由の一つだが、それ以上に、人を巻き込む力について考えさせられたことが大きい。上映された映画は、アメリカの最高裁で同性婚を認める判決が出るまでの道のりを示した「Freedom to Marry」というドキュメンタリー。その動きを率いたリーダーは、学生時代に論文でこの問題を取り上げた。それから32年間という長い年月もの間、活動を後押しする動きが後退してしまうようなこともあったにも関わらず、皆をリードした意思の強さ、志に、まず驚かされた。彼は最初からリーダーだったわけではない。強いリーダーが必要とされた時に、彼の仲間いわく、”He stepped up to the plate.”(彼は、進み出てその責任を取った)のだ。その潔さも格好いいと思った。加えて、判決が出る直前、チームを集めて労った時の言葉がいい。正確には覚えていないが、「どんな結論が出ようとも、このチームでここまでやれたことを本当に誇りに思う。今までで私がかかわった中で、一番いいチームだ。皆に乾杯!」といったようなことを言っていた。私の今までの仕事人生を振り返ってみても、こういう言葉をかけてくれたリーダーはいなかった。日本人は一般的に言葉で伝えないからかもしれないが、もったいない。
 一部の人達の反対に会い、彼らの活動が停滞したことをきっかけに、リーダー達は気づく。成功の鍵は対話であること。そして、対話のベースとなるのが、一人ひとりのストーリーだということに。そこで、彼らは、実在の同性のカップルが何を想い、どんな生活をおくり、結婚ができないことでどんな不都合を感じているのかをストーリーで語り始めた。あるカップルは、複数人の子供たちを養子にしている。同性婚が認められていない状況だと、カップルのどちらかが亡くなった場合、子供たちは、残りの「親」と一緒には住めなくなってしまう。子供たちを守りたいという強い想いで、このカップルは活動に参加していた。実在の人達にスポットライトをあてることで、「何を考えているかわからない」LGBTという存在が、基本は自分達と変わらないことがわかってくる。
 映画の後パネルディスカッションがあり、自分がLGBTであることを公表している=カミングアウトした人達と、部下からカミングアウトされた人が話をしていた。彼らの話で印象に残ったことは2点。なぜカミングアウトしようと思ったか、という質問に対して、「職場にアライ(味方)がいることがわかったからです。」と語った人がいた。私には、「たった一人でもいいからそういう人がいてくれることが、どれほど心強いことか」というメッセージに伝わった。部下からカミングアウトされた人は、ゴールドマンサックスの弁護士。カミングアウトされた時にどう対応すべきか、という研修を受けていたが、実際にカミングアウトされた際は、頭の中が真っ白になってしまったという。そして思わず出た言葉が「ありがとう」。その言葉を聞いて最初私は思った。「なぜ、ありがとうなのだろう?」彼の説明を聞いて、納得がいった。「カミングアウトしてみようと思える程、私のことを信頼してくれたから」なんて素敵な上司なのだろう。彼はその後、LGBTを支援する弁護士の会を立ち上げるなど今積極的に活動をリードしている。カミングアウトされて、「ありがとう」と言える感性を持っている人だからこそ、周りがついていくのだろう。
 LGBTへの理解を深めるイベントで学んだ人を巻き込む力は、熱意、長年続けられる志、対話、一人ひとりのストーリー、誰かの味方になること、そして感謝できる感性だ。多くの気づきを与えてくれたイベントに感謝!

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