PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (84) (実践編 - 41)

向後 忠明 [プロフィール] :10月号

 「アメリカのシルクド・ソレイユ(以降ソレイユと言います)というサーカスがあるが、この興行が日本で行われることを君は知っているか?」とNF社の社長から言われ「この社長は何を考えているのだろうか?」と思いました。
 社長は、さらに「このサーカスに興味があるが、これをNF社が興行主となれるかどうか探ってほしいのだが!」と筆者に詳しい説明もなく言いました。
 一瞬、「このような唐突な話を私に依頼するとはなぜ!!」と思いました。
 確かにこの社長はN社でも新しいことに挑戦することが好きであり、新しいことへも前向きであり、気も合っていました。そして、Nグループの中でも仕事のやりやすい上司でもありました。しかし、「それにしても、何故!」と思ったが、断る理由もないので何はともあれ行動することが必要と感じ、このサーカスについての実情を知ることから始めました。
 早速、図書館へ行き調べてみました。情報としてはあまり詳細なものはなかったが、以下のようなことがわかりました。

≪ソレイユでは複数のレジデントショー(常設公演)、ツアーショー(巡回公演)を並行して行っており、独特のスタイルに基づいたそれらのショーは、その芸術性の高さから多くの名声を集め、世界中で幅広い人気を博している。カナダ・ケベック州モントリオールに国際本部が置かれている。ショーのスタイルにはサーカスの伝統様式を取り入れているが、演者としての人間を強調する「ヌーヴォー・シルク(新サーカス)」と呼ばれるもので、動物を使った曲芸は行わない。大道芸、サーカス、オペラとロックの要素をふんだんに取り入れ、体を自在に曲げる軽業や、ジャグリング、力業、道化と空中ブランコなどがよく登場する。彼等のショーに登場する衣装は非常に多彩でそして創造的である。また、特に常設舞台では莫大な金額をつぎ込んで複雑な機構を持つ大規模なセットを組むことが多い≫

 日本でのツアーショー(巡回公演)はフジTVが各地の (FNS) 系列局と共催する形で1992年(平成4年)から行われていることもわかりました。そのほか、内容から見て特徴のあるサーカスであり、各社がプロモートして各地で公演が行われていることもわかってきました。なかなか面白そうなサーカスだと興味を持ち、いろいろ関係者との接触を行い、話を聞いて回りました。しかし、これと言って役に立つ情報は得られませんでした。
 しかし、この活動の中で得られるものもありました。それは博報堂や電通といった広告会社そしてTV放送企業関係者に通じている人間を見つけたことです。その人の協力を得て何とかさらに具体的な情報が得られるのではないかと思い、この人をNF社に引き込むことができないかと考えました。
 そして、情報収集の間に見つけてきた人の話とこれまでの情報収集の結果を中間報告として社長に話をしました。
 答えは、「君に任せる、必要な人は君が良いと思えばそれでよい、そして、私の直下で新規事業開発室を作って、自由にやりなさい」と言われました。
 このように言われると筆者はサーカスの興行に関するプロジェクトを何とかしなければと思いました。そのためには、このプロジェクトをまとめるにはこの種の興行に知見のある宣伝会社や放送局に接触する必要があると感じていました。しかし、一人では何もできないこともわかっていたので先に述べた宣伝や放送関係に通じている人に声をかけ雇い入れることにしました。
 この人は以前に財務会計システム開発で協力してくれたNC社の社員であることがわかりました。同じグループの会社なので簡単に雇うことができると思い声を掛けました。しかし、NC社より引き抜くことになるのでいろいろと抵抗もありました。
 それでも、その人の希望を聞かなければと思い何度か話を重ねました。一方ではNF社の役員を通じてNC社に掛け合いをしてもらい、何とかその人(Nさん)を筆者のところに入れることができました。そして、会社の応接室の一室を改造して新しい事務室を作り、女性の事務担当も入れて、3人の体制での新規事業開発室を設置しました。

 いよいよここから新しい部門での仕事始めとなり、最初の仕事は当然のことながらサーカスの誘致ということで、Nさんと一緒にTV放送局に足を運ぶことにしました。
 先方も「なぜNF社がサーカスの誘致をやるのか?」と疑問を投げかけてきました。
 このTV会社も以前ソレイユとタイアップして日本での興行を行った経験もあることから、Nグループの会社がやるということならと話には乗ってくれました。
 わけもわからず訪問したわけですが、Nグループというだけで好意的に話を聞いてくれました。このような業界でも好意的に接触してくれることを知って、改めてNグループの大きさに驚きました。
 いよいよ、初めて訪れたTV会社でしたが、驚くことばかりでTV局の中の様子は筆者にとっては別世界のようでした。よくTVに出るタレントがあちらこちらで見られ、今後のドラマの予定やタレントの写真がそこここに貼ってあり、本人にも廊下であったりしました。
 TV局側で対応してくれた人はプロジューサーといった肩書を持った人で、彼も以前は担当でソレイユにかかわったとのことでした。そして、彼にNF社の目的と考えを伝え、この種の仕事のやり方や誘致の仕方などを聞きました。
 彼の説明では、
「一般的に、このサーカスの収益の売上は入場料金、指定席料金、グッズや会場での飲食物販売がメインとなっている。 一方、無料招待券を配布しても一人でも多くのお客さんに来場してもらうため、一定の指定席料金や会場でのグッズや飲食物販売で売り上げをお客にサービスするという習慣もある。なぜなら、ガラガラのサーカスでは評判も悪くなります。 たくさんのお客さんが来場しているとなると、それだけで宣伝にもなります。
 サーカス側の本音としては連日満員で全てのお客さんが入場券、指定席券を買い、会場でたくさんグッズを買って、たくさん飲食してくれれば経営も楽になります。しかし、そうは簡単に旨くはいきません。
 以前、興行を経験したときは、たくさんの無料招待券を配布しても来場するのは確か平均するとそのうちの3~5割位だったと思います。 サーカス側としては宣伝費的な意味合いを持たせていますからそれだけで経営を圧迫する事は有りません。 それよりも来場者の減少の方が痛いと思います。倒産したキグレも来場者の減少が大きな要因でしたからね!」
ということでした。
 この話を聞いて、誘致後も顧客サービスに多くの人やコストもかかることもわかり、相当初期費用が掛かることがわかりました。また、宣伝や広報活動も重要であると感じて、今度は広告宣伝大手の企業に同じ話を持っていきました。この会社でも「なぜなれない仕事に入り込むのか?」と言われまましたが、「もしNF社がN本社も巻き込んで本腰でやるなら、宣伝・広報活動は協力します」と言ってくれました。

 これまでの話の経緯、TV会社や宣伝会社の話などを考えてみると、まだしっくりするものが感じられませんでした。そこで、「この種の仕事をやるに当たってNF社の得意とするものは何か? また不得意な部分は何か?リスクは何か? このサーカスを誘致することによってNF社の事業にとってメリットは?」等々考えて、分析してみました。そして、今このプロジェクトを立ち上げ、実行しようとしたらどうなるかも考えてみました。

 よくよく考えると、このプロジェクトを立ち上げるにしても相手先のソレイユとの交渉や契約もあります。また、ソレイユ自身の日本での公演に関する計画も確認する必要もあります。
 一方、NF社の体制やN本社の確認も必要になるし、一番の問題はソレイユ本社にNF社の意向を確認することも必要です。
 このように、そこまでやる価値のあるものか、現状と実際のあるべき姿を考えた場合、あまりにもわからないことだらけであり、この時点で非常に難しいと判断し、中止にしたほうが良いと感じました。
 早速、これまでの調査結果や筆者の分析結果を入れたレポートを作り社長に提出しました。そして、これまでの経緯を話すとともに報告書の内容を説明しました。
 この情報収集の中で一番気になったのはTV局であり、彼らはすでにソレイユとの日本公演の実績もあり、内々彼らも次の公演を考えていたようなふしにも思えました。そこに、筆者たちが出かけていき、この分野の素人が当方の考えを述べ、協力のお願いをしたわけです。
 結果的には、社長も筆者の報告を聞いてあきらめた模様でした。
 事実、その後、しばらくして、東京でソレイユの興行が始まりました。筆者もその公演を見に行きましたが、確かに日本のサーカスと違ってものすごくアクロバティックなもので、中にはオリンピックのメダリストも演者となっているとのことでした。
 その後も、ディズニーランドや翌年(2008年)にもソレイユの公演があるとのことでした。このように次々と日本でソレイユが公演されていくのを見て、誘致を断念したことに、筆者は何となく、口惜しいことをしたと残念に思いました。
 もう少し、時間と体制そしてこのようなプロジェクトを許容する全社的な環境がそろっていれば実現可能であったかもしれないなどと、負け惜しみのように思いました。同時に社長の目の付け所の良さにも感心しました。
 しかし、プロジェクトを進める場合は状況を正しく的確に把握し、そこに潜む問題を発見し、その問題をどのようにしたらよいかを分析し、本当に自分にできるかどうか判断できなければなりません。このような考えなしに、無理に挑戦といったことでプロジェクトを創生して突き進むといったことは危険と思っています。やりたいこととできることは全く別問題であるということです。
 今回は、プロジェクト創生までの過程でのものの考え方について一つの例を示してみました。すなわち、P2Mでのスキームモデルに示す、状況を正しく的確に把握し、自分がプロジェクトマネジャとして本当に実行可能かどうか問題を分析し、判断するといった方法論です。すなわち、新しいテーマで物事を進めようとした場合に必要なものであり、ビジネスマネジメントでよく使われる問題解決手法の考え方です。
 これからは、リノベーションなどと言われて新たなテーマに出会うことも読者諸君にも多くなると思うので、プロジェクトを創出するときの判断手法として持っている必要があります。

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