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場を創る力

井上 多恵子 [プロフィール] :8月号

 「米国ってやはりすごい国だと思いました!今回の10日間の米国出張で、すごい方に会うことができたことが、一番の収穫でした!」こう興奮気味に話してくれたのは、私が英語指導をしている女性。学会で初めて英語で発表をするという大きなチャレンジもあった出張の中で、一番の収穫と位置付けた、ある人との出会い。どんな人だったのだろう?私の中に芽生えた深~い関心に気づいたのだろう。続けて話してくれた。
 「私の発表は最後の方にあったので、それまで私も何人かの発表を聞いたのですが、どの回よりも、私の回の方がいい場になったんです。私の回の司会をしてくれた方が、準備時間を含めて1.5時間程しかない短い時間の中で、暖かい雰囲気をつくってくれたからなんです。彼は、その場にいる全ての人がポジティブになれるようにしてくれました。準備の時間には、初めての発表で緊張している私の緊張をほぐしてくれるよう、『大丈夫。何かあったらサポートするから』と笑顔で言ってくれました。発表の後の質問も、私が理解できなさそうなものは、私の表情を読み解き、簡潔に分かりやすい表現で言い換えたりしてくれたんです。おかげで、リラックスして話すことができました!」
 会場を設定する係の方もいたのですが、その方にも自己紹介をし、相手の名前の由来にも関心を示し、彼が着ていた服のことも褒めたのです。私、その係の方の表情を見ていたのですが、最初驚いたような表情を一瞬見せた後、満面の笑みを浮かべたのです。想定するに、そんな風に司会の方から声をかけられたのは初めてのことだったのでしょう。司会には、通常、実績がある偉い先生方などがなります。そういった偉い先生方は、一般的には、会場を設定する係の人自身に関心を示す、といったことはないのでしょう。思いがけない対応を受けた私の会場の係の方は、通常の役割を越えて、来場者が心地よくなるように声をかけたりして、その場が盛り上がるように協力してくれたんです。」
 話を聞いていて、様々な光景が脳裏に浮かんだ。国内外の役職者が集まって行った数日間のワークショップ。お互いに知らない人同士が集まった中、積極的に周りの人達に声をかけている人が、米国人を筆頭に多くいた。こういう人達がいてくれると、場があたたまり、元気になる。比較して、日本でお互いに知らない人同士で研修をやると、初日の朝は、場が凍ったようになっていることが多い。島形式で4~5人が向かい合って座るようなセッティングにしていても、誰一人お互いに話をしていないことが多い。それどころか、ずっと研修中お互いに話さないこともある。先日ある研修の講師を担当し、その中で隣に座っている人と簡単なワークをすることを取り入れた。その際、「研修4日目にして、初めて隣の方と話しました」と言っていた方がいて、びっくりした。
 場の雰囲気は、学びの質にも大きく影響する。前述した国内外の役職者が集まって行った数日間のワークショップでも、「ああいうリーダーのもとだと、職場の雰囲気がさぞかしいいだろう」と思わせてくれる人がいた。グループディスカッションの際に、英語を母国語とせず英語にやや苦手意識を持っている人も話に参加できるよう、わからない部分を説明したり、話ができるよう振ったりしていたからだ。私自身も、講師の役を担っている時は、場の雰囲気創りは意識して行っている。受講生のアンケートを読むと、その点は概ね好評価を受けている。対話型にしたり、お互いのコミュニケーションを促すようなミニワークを入れたり、気分転換にいじれるようなグッズを使ったりして、飽きないような工夫をしている。
 しかし、それ以外の時はどうかというと、意識しているとは言えない。講師の役を担っている時も、講義時間中は意識しているが、特に慣れがでてきた今、そして、いろんなことがあり時間に追われている今、講義の前は意識していない。意識していないどころか、自分がやらないといけないことに没頭している。先日の研修の際も、読めていない新聞を読んだりしていた。そこで見つけた講義の内容に関連する記事を講義の中で紹介したりしたので、無意味ではなかったのだが、「私は今忙しいから話さないで」というオーラを出しまくっていた。反省、、、講義前に部屋に入ってくる受講生一人ひとりを向かい入れて、そこから関係性をつくっていくことが理想だ。それをするためには、割り切り力。他にもやらないことがあるけれど、今この場に集中すること。今日も研修講師だ。やるべき仕事が山積みの中で、さて、どこまでできるだろうか。せめて講義開始10分前位からは今日は場に集中してみようと思う。

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