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ダイバーシティ時代のコミュニケーション力

井上 多恵子 [プロフィール] :7月号

 「英語で請求書の原紙って何て言うの?」先日職場で同僚に聞かれた。海外の人とのやり取りが発生し、請求書の原紙をもらう必要があるのに、pdfしか送付してくれなくて困っているとのこと。ネットで調べたらphysical copyというのが出てきたので、「physical copyというみたいですよ。でも、通じないといけないから、補足情報を加えて、Please send the original, a physical copy, by courier(宅配便でオリジナル、原紙を送ってください。)と言ってみたらどうですか」とアドバイスをした。それからしばらくの間同僚と、文化が違う人たちとのやり取りの難しさについて話が盛り上がった。私の勤務先は、請求書であれ、契約書であれ、原紙を必要とする。それに対して、pdfで良しとする企業もある。契約書へのサインの仕方も、異なることがある。私の勤務先では、契約書を袋とじにして、製本テープと契約書にまたがるように表と裏にイニシャルでサインする形式を取っている。しかし、ある欧米企業からは、袋とじになっているにも関わらず、全てのページにサインがされた契約書が送付されてきた。驚く私に、元外資系で勤務していた同僚が、「契約書の一部をすり替えて契約書偽造をされないようにしているんです」と教えてくれた。
 ダイバーシティ時代のコミュニケーション力とは、言い換えると、バックグラウンドが違う相手とコミュニケーションする力だ。社内でも、違う組織の人と一緒にプロジェクトを推進することが増えている。国内の他社の人と一緒にプロジェクトを推進することもあれば、海外の他社の人と一緒にプロジェクトを推進することもある。私はここ数か月間、バックグラウンドがかなり違う人達とプロジェクトを推進している。どこまで違うか。大企業 対 かなりの小規模企業。歴史が長い企業 対 数年の歴史しかない企業。日本 対 シリコンバレー。長年同じ会社で勤務している私と、転職して1年もたっていない先方の担当者。社会人経験が長い私とまだまだ限定されている先方の担当者。日本語対英語。最初こそは、「生きた英語表現がいろいろ学べる!」と喜んでいた。例えば、今まで聞いたことがなかったhard stopという表現。「この時間には絶対終わらないといけない」という意味だ。電話会議を始める前に、”We have a hard stop at 10 am.”(10時には絶対終わらないといけない)と言ったりする。”We have to finish at 10 am.” (10時には終わらないといけない)と言うよりも、ストレートに伝わる。英国人に聞いたところ、英国では使わない表現らしいが。
 プロジェクトの大枠を語っている時は、楽しかった。プロジェクトを通じて実現したいこと、お互いに提供できること、大枠ではすれ違いはなかった。大変になり出したのは、詳細に入ってから。仕事の進め方への考え方、使っている言葉の定義も違う。今回はグローバルなプロジェクトで、社内の国内外の組織も関係するために、複雑さが増している。例えばあるデータを社内の国内外の組織から提出してもらった際に起きたこと。日付の書き方を月/日/年(例:03/15/2017)と指定したが、国によって年月日の書き方が違うために、書式が見事にばらばらなデータが集まった。また、欧州など複数の国が集まった地域の情報を入手しようと思い、Region/country(地域、国)と指定したが、地域を国の中の地域という意味に捉えた人もいて、これまた不揃いなデータが集まった。英語を日本語に訳す際も、帰国子女の私が例えばhappyという単語から感じるニュアンスと、学校教育で英語を学んだ人がhappyという単語から感じるニュアンスが異なったため、意見の相違があった。
 顧客満足をどう実現するか、その感覚も違う。例えば、先方のチェック漏れをこちらが指摘しても、よほどのことがない限り謝ることは無い。”Thank you for reviewing.”(レビューしてくれてありがとう)といったような軽いメールの返事がきたりする。これは、今回の相手先だけでなく、複数のアメリカ人とのやり取りの中でこれまで経験したことだ。最初はいら立ちを覚えたが、ある時から、「そういう捉え方をする人達なのだ」と割り切るようになった。そして、彼らのミスの捉え方に学ぶことで、ミスがあると自分を責め、ややもすると引きずってしまう私自身の考え方の癖を改善していこうと思っている。
 こちらの「当然」が通用しない人達とどうコミュニケーションをして、プロジェクトを成功させるか。「これ!」という解はまだなく、試行錯誤の日々だ。「相手が理解してくれない!ちゃんとしたアドバイスをくれない!」と文句を言う代わりに、してみようと今思っていることがある。こういうことを実現したいという姿を、詳細設計に入った段階でも、それぞれのステップでできるだけクリアに示していくことだ。相手が理解できるような伝え方を工夫しつつ、明日また仕事に取り組んでみたい。

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