PM研究・研修部会
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ベネフィット・ベースライン

PMAJ PM研究・研修部会員
(株)JSOL シニアコンサルタント 大泉 洋一 [プロフィール] :7月号

1. ITコンサルのお仕事
ITコンサルタントを生業としている私は、顧客企業のIT戦略の立案やIT施策の計画立案に携わる多くの機会に恵まれて来ました。通常この様な場合、上位計画である経営戦略の要求事項を最新の技術で如何に実現するのか、その絵姿を中長期的な視点で描いていきます。

例えば「多様な顧客の価値観の変化を迅速に捉える」という経営課題に対し、
顧客フロントのユーザインタフェースシステムはクラウドサービス進展の恩恵を最大限に引き出し、柔軟に切り替えられる仕組みとする。
その為にバックグラウンドの仕組みは、アプリケーションに依存しない普遍的な情報モデルに基づくセントラルデータベースを構築する。
という基本コンセプトを定め、実現すべきシステムアーキテクチャを描いていきます。
この様なコンセプトに基づき、要求事項を取りまとめ、ベンダーを選定し発注を行えばITコンサルタントのお仕事はお仕舞いです。

2. 出来上がった「似て非なる物」
ところが、この様に発注して出来上がったシステムが「似て非なる物」として稼働している姿を目にするのです。そこには、当初狙いとしていた経営課題を解決出来ていないという衝撃的な事実が横たわっています。

上記の例では、確かにセントラルデータベースは構築されています。情報モデルの設計も、それなりに時間とお金をかけて実施しています。しかし、その設計結果は普遍的な仕様とは言い難いもので、それぞれの業務アプリケーションシステムの仕様を寄せ集めただけの物なのです。結果として出来上がったセントラルデータベースは、既存の業務アプリケーションシステムの仕様にがんじがらめに縛られ、全く柔軟性の無いシロモノとなっています。こうして出来上がったシステムは「多様な顧客の価値観の変化を迅速に捉える」という経営課題には全く答えられないのです。

3. PMの価値観「QCDの呪縛」
この例では何故、当初の目的が達成されないシステムが出来上がってしまったのでしょうか。様々な原因や背景が考えられますが、ここでは「プロジェクトマネジャー(PM)が大切にしている価値観」に焦点を当てて考えてみます。

PMが最も大切にしている価値観、それは我々の周辺では一般的にQCDではないでしょうか。少なくとも私がこれまで一緒に仕事をしてきたIT分野の優秀なPMの多くは、QCD、特にCD、即ちコスト、スケジュールを遵守する事を最も大切にしています。「(Q)CDを守ること=プロジェクトの成功」という構図で捉えているPMが多いのではないでしょうか。つまり「コスト、スケジュールを守らせる成功請負人」と自らを規定している訳です。QCD以外の何か、プロジェクトの真の目的であるベネフィットに目を向けておらず、それが達成されていないことにすら、気付いていない可能性あると思います。上記の例の場合も、ベンダーのPMは自身の経歴の中で、この例を成功プロジェクトに位置付けていると思われます。

4. これからのPMの価値観 「QCD+B」
プロジェクトマネジャーが社会において、これ迄以上に存在価値を発揮して行くためには、この壁を乗り超える必要があると私は考えています。「コスト、スケジュールを守らせる成功請負人」から「事業価値を創出する請負人」へと。その為には自らの価値観をQCD+B(Benefit)と規定すべきです。ここまではPMとしての志の問題です。
その上で、コストやスケジュールと同じ様に「ベネフィット・ベースライン」を定め、これをマネジメントする様に、プロジェクトマネジメントのフレームワークを再定義する必要があると考えます。コストやスケジュールを遵守出来るPMであれば、ベースラインさえ定めればベネフィットもマネジメント出来る筈です。
プロジェクトマネジャーが事業価値創出の請負人として認知され、これまで以上に社会に貢献出来る様になることを望んでいます。私自身も微力ながら、その一人として力を注いで行きたいと思います。

以上

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