PM研究・研修部会
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英国発のポートフォリオマネジメント標準MoPの概要紹介

PM研究・研修部会 羽佐間 一潮 : 6月号

 MoP(Management of Portfolios)とは、英国商務省が開発した「ポートフォリオマネジメント」導入のためのベストプラクティスガイドである(※)。ポートフォリオマネジメントはすべての資産および導入予定/導入中の組織の全変革構想を対象に、戦略計画との 整合性と事業への貢献度、リソースやリスク、財務面などを加味して投資優先度を分析し、最適な投資の意思決定を図るためのマネジメントである。本稿は本年4月21日の第29回PM研究・研修部会セミナーで発表したMoPの概要より、その要約を以下に紹介する。

(※) 英国商務省(以下、OGC)は現在英国内閣府に統合され、OGCが開発したMoPを含む一連の英国政府におけるPM標準類に関するIP管理はAXELOS Limited社に移管され、同社が管理している。

1. MoPの位置付け
 OGCのベストプラクティスガイドの体系を図1に示す。MoPはプロジェクトマネジメントの標準であるPRINCE2、プログラムマネジメントの標準であるMSPの上位に位置づけられる。組織の戦略目的の達成のための変革要求に関する組織の投資や事業セグメントなど組織のポートフォリオの視点で、変革構想を戦略プロセスの中で効果的 かつ最適バランスを図ることを目的としたポートフォリオマネジメントに関するベストプラクティスガイドである。
  図1 OGCのベストプラクティスガイド
図1 OGCのベストプラクティスガイド

2. MoPの概要
 プロジェクト・プログラムマネジメントが一時的な組織において個々の成果と便益、および成果物やサービスの納入に焦点をあてているのに対し、ポートフォリオマネジメントは恒久的な組織においてその組織の戦略目標への成果・便益、アウトプットの全体的な貢献度合いに焦点をあてたマネジメントであり、以下の点を重視したものである。
プロジェクト・プログラムと組織の戦略目標との整合性の確保
包括的な全変革構想の提供マネジメント
便益の最大化
教訓の特定と普及、将来への適用

 ポートフォリオマネジメントモデルを図2に示す。MoPでは5つの原則と、2つの  ポートフォリオサイクル内の12の実践からなる。PRINCE2やMSP手法を用いたプロジェクト・プログラムは開始・終了がありそのプロセスはシーケンスモデルであるが、MoPでは明確な開始、中間地点、および終了地点などプロセスのシーケンスとしての意味合いはない。

  図2.ポートフォリオマネジメントモデル
図2.ポートフォリオマネジメントモデル

3. MoPの原則
 MoPの原則は、効果的なポートフォリオマネジメントを構築する基盤となるもので、以下に示す5つの原則からなる。
原則1:上級マネジメントコミットメント
ビジネス目的と一致してプログラムとプロジェクトポートフォリオに優先順位をつけるためのメカニズムの提供
事業戦略の整合性を伴う迅速な決定と明確な責任意思決定構造の構築
経営陣上層部が変革に忠実であること
原則2:ガバナンス整合性
効果的なガバナンス構造の整備(決定、執行、運営の分離など)
(図3.ポートフォリオマネジメントのガバナンス構造の例を参照)
原則3:戦略整合性
各変革プロジェクト、プログラムが組織の戦略目標に合致しているかのモニタリング
原則4:ポートフォリオオフィス
ポートフォリオオフィスは戦略チームと密接に作業を行い、既存のポートフォリオの判断/決定のための情報を提供する
ポートフォリオが正式に存在しない場合、ポートフォリオオフィスが既存の変革構想を担い、立案済の事業インパクト、便益見通し、コスト、要求されるリソース、リスク、今日までの実績を評価する
原則5:変革文化の奨励
上級マネジメントのコミットメント、コミュニケーション、モチベーション
成功のための風土醸成
適切な管理レベルにもとづく効果的なガバナンスの実現
個人や部門の利益よりも組織全体の成功に焦点を置いた文化や行動
  図3.ポートフォリオマネジメントのガバナンス構造の例
図3.ポートフォリオマネジメントのガバナンス構造の例
4. ポートフォリオマネジメントサイクル
ポートフォリオマネジメントサイクルを図4に示す。MoPにおけるポートフォリオマネジメントはポートフォリオ定義サイクルとポートフォリオ提供サイクルの2つのサイクルからなる。

  図4.ポートフォリオマネジメントサイクル
図4.ポートフォリオマネジメントサイクル
 
(1) ポートフォリオ定義サイクルは、ポートフォリオを定義しポートフォリオ提供計画を整備するまでの実践の流れを表したものである。ポートフォリオ定義サイクル内の 5つの実践概要を以下に記す。
実践1:理解
ポートフォリオオフィスは戦略チームと密接に連携して既存のポートフォリオのレビューに関する情報をポートフォリオ指揮グループ及び投資委員会などの経営委員会に提供する。経営委員会は組織パフォーマンスの影響予測を加味し、既存の変革構想およびプロジェクト開発パイプラインの変革構想について判断を行う。
尚、ポートフォリオが正式に存在しない場合はポートフォリオオフィスが既存の変革構想レビューを担い、立案済の事業インパクト、便益見通し、コスト予測、要求されるリソースやリスク、および今日までの実績などの情報を評価し経営委員会へ情報を提供する。
実践2:分類
変革構想立案中の案件もしくは実施中の変革構想を以下のようなカテゴリを用いて分類し、シニアクラスの意志決定者が内容を正しく理解できるよう情報を整理する。
組織/企業の戦略目的別
組織/企業の商品構成別
立地展開状況別
変革構想タイプ別(インフラ基盤整備、コスト削減、収益創出など)
実践3:優先順位付け
シニアクラスの意志決定者が、リスクと便益の最適なバランスを決定できるようポートフォリオオフィスは以下のような検討材料を提供する。
どの変革構想を組織の投資に組み込むべきか
もっとも重要な変革構想は何か
もっともリソースを必要とする変革構想は何か

  主な優先順位付けの方法を以下に示す。
会計測定基準の適用(正味現在価値法、内部収益率法、投資回収期間)
変革構想の実現可能性に関する評価(DICE®評価 ※)
※ボストンコンサルティンググループが開発したプロジェクトの実現可能性を4つの要素を用いて数値化するプロジェクトの評価手法。2014年に同社が特許を取得済。
重み付け(ウエイト)や重要度に関係のある比率を用いた評価

実践4:バランス
優先順位付けされ一覧化された変革について以下の観点からさらなる最適化が必要か否かについて再考しポートフォリオを策定する。予算、リスク、収益データに基づく変革構想を整理した例を図5に示す。
構想の実施タイミングとスケジューリング
展開中の組織の戦略目標や達成可能な修正戦略目標
事業全体への影響- 立地展開の視点での製品/サービスの再考
ポートフォリオ提供サイクル中の各工程での変革構想の考慮
ハイリスク/ハイリターン、ローリスク/ローリターン構想整理
リソース負荷を加味した受容と供給のマッチング、または追加リソースの確保を目的としたリソースアレンジメント

実践5:計画
ポートフォリオ定義サイクルから得られた情報を順序付けし、経営委員会の承認のもとでポートフォリオ戦略と提供プランを立案する。ポートフォリオ 提供プランは「提供スケジュール(通常は年度単位)」「コスト」「リソース割当て」「実現すべき便益」に関する詳細な合意事項を提示する。

  図5.(例)優先度順変革構想一覧
図5. (例)優先度順変革構想一覧
 
(2) ポートフォリオ提供サイクル
ポートフォリオ戦略の確実な実行を目的として、開発予定の変革構想、開発進行中のプロジェクト/プログラム群は、ポートフォリオ提供サイクル内の以下に示す7つの実践が適用され開発が進められる。尚、ポートフォリオ提供サイクルは上述したポートフォリオ定義サイクルとは異なり、提供サイクル内の各実践内容は同時並行で実行される。
実践6:マネジメントコントロール
定義されたポートフォリオ戦略や提供計画をベースラインとして用いて、プログラムやプロジェクトなどの個々の変革及びポートフォリオレベルの進捗をコントロールする。
実践7:便益マネジメント
ポートフォリオ全体に対して一貫性のある便益マネジメントフレームワークを提供する。
実践8:財務マネジメント
ポートフォリオマネジメントとその意志決定に対して、財務マネジメントサイクルとの整合性を図るためのマネジメントを提供する。
実践9:リスクマネジメント
ポートフォリオのリスクに対して効果的かつ一貫性のあるマネジメントを提供する。
実践10:ステークホルダー関与
ポートフォリオのあらゆるレベルで関与するステークホルダーとコミュニケーションに対して一貫したアプローチを開発・共有し、効果的に共有されたビジョンを伝達するための手段を提供する。
実践11:組織ガバナンス
何が、いつ、どのような基準を用いて決定するかを明確に規定する。ポートフォリオマネジメントのガバナンスは組織のガバナンス体制との整合性が図られなければならない。
実践12:リソースマネジメント
供給可能なリソース量と必要とされるリソース量、タイミングが一元的にマネジメント可能なメカニズムを導入する。

5. まとめ(考察)
 MoPはポートフォリオマネジメント導入のためのベストプラクティスガイドである。ポートフォリオマネジメントが未導入の組織や企業、団体の場合、まずはIT分野など適用エリアを限定してポートフォリオマネジメントを導入するのも一考である。IT企画部門もしくはそれに準ずる部門がポートフォリオマネジメントオフィスの機能を担い、投資案件や開発中のプロジェクトを含む既存IT資産を対象に、前述したポートフォリオ定義を行い、組織の戦略目標との整合性や優先度に関する経営の判断材料を提供することから始めても効果的であろう。また開発中の主要プロジェクト群を包括的に管理することを目的に、ポートフォリオ提供サイクルフレームワークを導入し、適用範囲を組織全体へ拡大していくアプローチも有効と思われる。
 ポートフォリオマネジメントの導入アプローチを理解し実践するためのフレームワークとして、MoPは有益であると考える。

以上

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