PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (77) (実践編 - 34)

向後 忠明 [プロフィール] :3月号

 前月号ではスリランカテレコム(SLT)の現地社員と信頼関係を築く方法を考えていた時、一人のSLT 現地社員が私の部屋に秘書と共に入ってきたことを話しました。

 その人が筆者の部屋に入ってくるなり「CAOは空手の黒帯保持者と聞いていましたが、本当ですか?」と唐突に聞いてきました。
 普段であれば前もってアポイントメントをとってからの訪問ですが、彼は秘書と知り合いのようでしたので対応することにしました。
 秘書とはいつも空手の話をしていたので、CAOは快くSLT内で現地社員に空手を普及させることに賛同してくれると思ったのでしょう。
 この現地社員と話をしたところ、彼は日本で空手を学び、3段の資格を持っているということでした。そのためか日本語も堪能でした。
 彼の要求はSLT内に空手普及のための部(空手部)を創りたいということでした。
 筆者も体が少しなまっていたので「一緒にやるのも良いかな、・・・」と思いました。
 しかし、そのためにわざわざ「空手部を創設するのもどうか」と思いその時は生返事で彼をかえしました。

 この頃になるといよいよ半年に一度の大きなSLT労働組合連合(31組合)代表と会社経営側との組合折衝(労使交渉)が近づいてきました。
 前回の労組折衝は筆者も前CEO もデング熱のため休会となったので、その分も含め1年分の交渉となります。そして、これまでのことを振り返り労働組合から突き上げられそうな問題は何かを考えるようになりました。毎回のことながらうんざりする時期です。
 おまけに、新しく来たCEO はこの労使交渉に参加するのは今回が初めてであり、結局は今回の会議を仕切るのは筆者になるわけです。
 新CEOは前CEOとどのような引継ぎをしたかわかりませんが、彼はあまり緊張感のない様子でした。
 特に今回の会議では組合側も前回の中止分の要求を含めて言ってくると筆者は覚悟を決めていました。想像される主なものとしては彼等の処遇(民営化前の処遇への回帰)、給料のアップや待遇改善、また新たな話として懲罰委員会の在り方、CEO 交代の理由、管理職昇格条件の見直し、給与振り込みミスの件、その他各種経営側施策に対するクレーム等々と考えました。
 しかし、どちらにしても彼らはSLT経営側の説明には常に反対のための反対をするだけであり妥協を見ることは考えられないと思っていました。
 逆に、こちらが強く出ると前CEO や前CFOが雪隠詰めになったようなストライキが起きることも考えられます。
 この状況を回避するには、会社として極力譲れるところは譲り、五分五分ぐらいのところで妥協案を出すといった前CEO と行った方法で回避することにしました。
 いよいよ、労使交渉の日となりました。
 相手側は相変わらず管理職組合長が真っ先に入ってきて真ん中に陣取り、会議を牛耳るような状況でした。
 要求内容は筆者が予想した通りでした。給料については定期昇給の額の問題でもめました。組合側が要求してくるものは日本と同じような昇給%や各種要求が多いような気がしました。
 想像ですが、以前に前CFO が労働問題研究と称して日本の全電通労組をSLTに招請し、日本における労働組合と経営側との関係や労組の在り方等々を話し合ったことがありました。そのため、SLT の組合と全電通労組は何らかの連絡を取り合っているようで、彼等自身の発想でないような要求も出てきます。
 経営側はもちろん譲れるところは極力譲るが、相変わらず一般社員から構成される組合はSLTの民営化に強硬に反対する一部の政府側の人達と関係していて、SLT にとって良い施策であっても常に反対となります。
 管理職組合はSLT のこれまでの民営化事業でやってきた日本人経営側のやり方への理解そしてその結果得られた知識もあります。そのため、一般社員からなる組合とは異なった要求もあり、部分的に納得できるものもありました。
 約5時間ほどの会議でしたが、それぞれの組合の立ち位置が異なることで全員一致ということはなかったが、大きな問題もなく終了しました。
 この会議の後で管理職組合長をCAO の部屋に来てもらい、今回の会議やこれまでの日本人経営側の仕事の進め方等について話をしました。
 その結果、SLT 現地側の社員は日本から来た経営・管理職幹部の社員に対する仕事の進め方に不満はないが、やはり日本人と従業員との交わりもあまりなく、また一方的な仕事の進め方に不満を持っているようであるとのことでした。
 また、日本人とスリランカ人との習慣の違いや人との接し方にも不満があるとのことでした。確かに日本から派遣された人達は日本人だけで固まり、仕事が終わればそのまま宿に帰り、日本人だけで付き合いをしている。そのうえ、豪華なマンションや家に住んで楽しく毎日を過ごしています。このようなことを見ると、現地社員たちは自分たちとの格差を感じてしまうのも理解できます。
 確かに海外では多くの日本人が言葉の問題もあるが日本人だけで固まる癖があり、多様性を生かすといった習慣に欠けています。
 筆者も長い海外でのプロジェクト経験はあるが、多様性の尊重という意味でまだまだ不十分と感じています。

 冒頭でも言ったように「SLT社員と共通したことで何かを創り上げ、現地社員や組合との信頼関係を築く方法」ないかと考え、自分自身の頭の中でブレーンストーミングをやってみました。
 すなわち、現状認識としてこれまでの仕事で感じたことや気が付いたことを考え、問題の整理をしてみました。
 その結果「ある一定の目的を設定し、その手段を決めて試行してみよう」と考え、自分なりに現状分析をして見ました。
 目的としてはCAO の立場を考えると「労使関係の健全な関係作り」が第一であり、第2は「SLT現地社員の日本社員に対する偏見の除去」と考えました。
 この分析の過程で、各電話局の現場巡回をすると現場社員と懇親会等で共に過ごすことも多く、この機会を利用して現地の情報を集めました。
 この現地巡回の場において、よく皆に聞かれたことは「CAO は空手の先生と聞いていますが空手とはどのようなものですか?」でした。
 その時は英語で説明するのも面倒なので、お酒も入ったせいもありその場で簡単な空手の型を披露したりしました。
 このように、これまでの状況観察や分析の結果で自分のできることは何かを考えたら空手をSLT 現地社員に教えたらどうかと考えるようになりました。

 この空手が労使の関係に良い影響を与えるものかどうかの不安はありましたが!!!
 しかし、やってみなければ始まらないので、以前に筆者の部屋に来た空手を日本で学んだというSLT現地社員(以後Aさんと称する)と再度話をすることにし、その社員を呼ぶことにしました。

 Aさんもすぐに筆者の部屋にきて「本当ですか!」と半信半疑で筆者の話を聞いていました。そして、下記のような条件を満たしたら空手部の創設を認めることを確約しました。
 すなわち、「少なくとも管理職組合そして他の有力な6組合の長をCAO の部屋に連れてきて、彼らから空手部創設の賛意を得られたら・・・」という条件を付けました。

 それから一週間ほどしてから彼は約束通りに私の部屋に10人ほどの組合関係の人達を連れてきました。その中には確かに管理職組合長はじめ筆者の要求した人達もいました。
 そこで、ここでもまた空手部創設に当たっての条件として、指導員をAさんとし、またできるだけ多くの管理職組合員を部員として勧誘することを義務付けました。
 ただ心配なことはAさんはSLT社員の中でも職位下位のレベルということでした。なぜなら、SLTは公営組織であったため上下関係に厳しいものがあり、練習の最中にこの上下関係が出てくると教えるAさんがやり難くないかと考えたからです。
 しかし、彼等はすべて筆者の与えた条を納得し、「ぜひ空手部創設をお願いします」と言って、CAO 室を出ていきました。
 これで組合を含めたSLT現地社員と空手と言ったスポーツを通じて共通した「何か」が創られるのではないかと少し期待を持つことができました。
 早速、総務部に空手を練習する部屋の確保をするように指示しました。
 当初は図書室を道場として、その都度机を移動し、スペースを作り練習することにしました。
 最初の練習を見に行きましたがびっくりする事に、指導員としてお願いしたAさん以外に黒帯が2人もいました。そして、練習にきた人達は真っ白な新品の空手着姿でした。
 聞くところによるとAさんはすでに日本から数着の空手着を送ってもらい、練習に来る人たちに与えていたようです。
 このように空手部が創設され練習が始まりましたが、時がたつにつれ人数も増えてきて図書室も狭くなったので、本格的な道場を作るようにAさんに指示しました。場所についてはCAO 権限で本社ビルの8階の場所を居抜きで確保し、設計をAさんにお願いしました。
 そして下図に示すように本格的な練習が新道場で始まりました。

空手の本格的な練習
 次は来月へ

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