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エッセンシャル・セミナー : 戦略プログラムマネジメント (上)

清水 基夫 [プロフィール] :3月号

第 9 回 : 戦略プログラムマネジメント (上)
 
山田常務の指示
山田 それで橘君、事業戦略の案はどうなっている?いつ纏まるのかな?まずは概略の素案だけれども。 <例によって、部屋に入ってくるなり、せっかちなご質問だ。>
戦略理論の勉強に少し手間取りましたけれど、今は事業の環境シナリオの整理と、戦略ミッションについて王君と議論しています。もちろん今野部長にも相談していますし、企画管理部から市場分析なども教えて貰っています。 <立ち上がりながら、橘が答えた。>
山田 うん、そうか。うちの事業の現状と業界の環境予測をどう見ているのかな。それが話のベースになるから。 <会議テーブルに移って話を始めた二人に今野部長が加わった。>
わがビジネスシステム事業部の現状についてはお判りの通りですが、整理するとこんなところですね。
<橘が示した4頁のパワーポイント資料には、過去3年の四半期別の事業予算と実績、分野別の売り上げ推移、利益率、競争会社との比較、主要プロジェクトの進捗実績、人員推移、原価分析、失敗事例、技術開発テーマと目的などが図表にされている。>
ビジネスシステム事業部 事業概要(As Is)
市場の今後の見通しですが、野村総研の調査 [1] によれば、例えば国内のeコマースの市場規模は年率10.5%から11.8%程度で伸びていく予想です。ただし、これは個人消費者を対象とした市場の話ですし、実店舗の既存市場のパイを食う部分もあるので、我々のシステム事業に廻ってくる割合はもっと少ないですね。我々に近いソリューション市場の規模は年率でおよそ5%から6%近くで伸びると予測されています。情報通信白書平成28年版 [2] では、ソフトウェア業の成長率(2014年度)は5.9%(282頁)ですが、受託開発ソフトウェア企業の売上高は-2.2%と低下している一方で、情報処理サービス企業の売上高は+21.6%(287頁)と大幅な伸びになっています。分野別では年度ごとに結構大きい波があります。
山田 なるほど。それで君は業界の市場予測をどう考えているのかね。
ポイントは二つです。第一は、ソフトウェア業とかソリューション市場というマクロな市場は年率5~6%の成長率であるから、市場で上位にある当社としては、それにプラスアルファの成長性が期待できるということです。第二はそうはいっても、この業界は変化が激しく、細かく見れば大きく成長する市場あり、急速な衰退市場もあることで、うちの事業部としても、何を伸ばしていくのかが重要です。
今野 5%伸ばそうとすれば、伸びない分野もあるから、伸ばすところは前年比で10%とか20%も伸ばす必要がある。それを継続的にやるにはどうするのかだね。戦略立案の方向は。
山田 そうだ。事業戦略の目的は、中長期的な、つまり持続的な成長だが、漠然とまとめるのではなく、事業についての持続性と展開力についての考え方を整理してほしい。うちの業界は変化が激しいから、当面の事業をしっかり持続させながら、新たな事業や市場を開発していく能力が大事だ。オリンピックだの何だのと、その時々で仕掛けてるチャンスはあるにしても、それだけに頼らないでも成長していける地力をどうつけるのかだ。
2週間後に説明をするよう指示を残して、山田常務は出ていった。
今野 戦略理論はだいぶ勉強したようだな。で、戦略立案はP2Mプログラムマネジメント方式で進めるといっていたけれど、ポイントは何かな。
マクロな環境シナリオについては、大体まとまりましたから、次は事業部としての事業戦略の目的や目標をミッションプロファイリング手法で明確にします。山田さんがいう事業の中長期的な成長という戦略目的や「持続性と展開性」とは、本質的に何を意味しているのか、つまり何と何を実現したら戦略目的を達成したことになるのかを明確にすることで、P2Mで戦略プログラムの「ミッション定義」に相当する部分です。まあ、「持続性と展開性」なんて、ずいぶん漠然としていますが、今の市場環境や事業部の状況については、共通認識がありますから、それを前提にすれば、戦略ミッションの具体化は可能と思います。
今野 共通認識か。君の認識と山田さんや社長の認識がどの程度一致しているかが問題だね。大きくずれているなら山田さんのメガネ違いということだが、俺の見るところまあ大丈夫だと思う。それに若い視点が必要ということもある。
ところで、報告するのは戦略案だ。年間予算案や単なる中期計画とは違う点に注意が大切だよ。

戦略立案とP2Mプログラムマネジメント
事業戦略を立案してそれを実行する場合、実際に行う仕事は「商品など新たな価値あるものを創る」とか「新たな仕組みを作る」等のプロジェクトの組み合わせで、通常は数個から数十個のプロジェクトを組み合わせたプログラムの形をとることが多い。(第2回の付図「戦略実践の方策」参照)さらに、プロジェクトだけではなく定常業務(オペレーション)形態の業務を含むケースもあるが、これもプログラムだ。こうした活動については、プログラムマネジメントとして体系化が進んでいる。[3]
ここで戦略立案のコアになるのは、戦略ミッションのプロファイリングだ。下図に示す様に、組織が達成を目指す「戦略ミッションの初期的概念」からスタートして、プログラムが達成すべき具体的なミッションを明らかにする構想段階だ。その後、複数のプロジェクトからなるプログラムの内容を設計する段階までが戦略立案のプロセスだ。 (このプログラム立案部分は、P2Mではスキームモデルプロジェクトと呼ばれ、立案された計画によりシステム構築が行われ、さらに運用に移される。これらがシステムモデルプロジェクトとサービスモデルプロジェクトと言われる部分だ。サービスモデルの部分はプロジェクトではなく期限を持たないオペレーションになるケースもある。)
ミッションプロファイリングは、ミッション定義とシナリオ展開のプロセスから構成される。ここで、初期的な戦略ミッションは事業上達成すべき命題・願望・価値観など、多分に多義的あるいは抽象的な表現が多いのだが、その背後には現実世界の無限の詳細性が存在する。ミッション定義とは、現実世界の詳細性や複雑性の中から、本質的で最も重要な要素、つまり成功に必要不可欠ないくつかの要素を抽出した戦略ミッションとして、ミッション記述の形式にモデル化(言語化)する。シナリオ展開は、それらのミッションを複数のプロジェクト活動と必要ならオペレーション活動の組み合わせとして実現するシナリオを構築する。ここでシナリオとは、プログラムを実行する実行シナリオとは別に、プログラムが実行される環境がどの様であり、どう変化するかという、環境シナリオも考える必要がある。

戦略プログラム立案のプロセス
戦略プログラム立案のプロセス
[清水「実践・プロジェクト&プログラムマネジメント」日本能率協会マネジメントセンター、2010, 171頁 (一部改変)]

戦略プログラム ゼロ次案の検討
事業部戦略について、戦略プログラムのミッション定義とプログラムシナリオの具体化を進めるために、橘と王は現状でのそれらのタタキ台となる戦略プログラムのゼロ次案のまとめを急いだ。このゼロ次案は、後から依田さんにも意見をもらい、見直して1次案として山田常務に報告するつもりだ。

戦略プログラムのゼロ次案では、事業戦略で具体的に何を実現するのかという戦略ミッションのプロファイリングの部分、つまりミッション定義とシナリオ展開の概要をまとめるのだけれど、どういうやり方をするかな。一つには、現状"As Is"に対してあるべき将来像"To Be"を描いて、"To Be"の実現を戦略ミッションと定義するやり方があるね。もう少し抽象的に、事業に関する希望や夢、価値観などを実現したり、重要な課題を解決することを戦略ミッションと定義するやり方もある。
現在の課題意識から出発するのか、価値観などの概念から出発するかの違いですね。それより課題や将来像として、例えば事業規模や具体的な商品内容などの具体性の高いものを考えるのか、例えば顧客関係性とか迅速な業務遂行など、もっと定性的な課題解決を言うのかを考える必要があるのではないですか。
私企業の事業戦略だから、一義的に目的は事業の発展や利益の拡大で、最終的には売上・利益など経営上の数字の達成が目標になる。ただ、大きく分けて二つの考え方があるだろう。売上または利益を増やすための戦略施策つまり大きな仕組みの構築を目指す方向と、事業のあるべき姿の実現を戦略として、売り上げや利益は結果として後から随いてくると考える方向があるだろう。事業のあるべき姿とは顧客満足とかの理念の場合が多いよね。
第一の方は、市場を勝ち取るとか競争で相手を負かすという勝ち負けや数字重視の方向だから、目標が明確ですね。第二の方は、まず有意義な事業や奉仕があって利益はそれに付随するものという考えで、「お客様は神様」とか「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よしの精神」など、時に日本的と言われる立場ですね。ドラッカーなどもこれに近い面があるから、日本人に受けるのでしょうね。
中国人としては第一の方が分かり易いです。ま、社会主義の本来の精神は第二の考え方に近いのでしょうけど、13億人もいるともの凄い競争になってしまいます。日本人はいまだにグローバル化なんて騒ぐけれども、中国社会はもともとグローバルサイズなんです。
第二の方は、俗に日本的と言うけれど、別に日本独特ではない。ヒトの社会一般に普遍性のある考え方だけど、事業の失敗や計画の甘さに対する言い訳にするケースもある。いつもお客のせいにして事業部の足を引っ張るグループがあるよね。
今回は、第一の方を基本スタンスにして戦略案を考えて、後から第二の立場から見ても適正であるかを確認する方針で行きたいと思うけど、どうかな。
賛成です。まずきちんと事業を成長させることが戦略の第一です。ただ、お客の役に立たないものを売りつけたのでは、長期的には事業が成り立ちませんから、戦略案を第二の視点でも検討することは大事ですよね。
それでは、事業部の戦略ミッションとして事業部全体で数字的に何を目指すのか、あるべき姿"To Be"を考えて、達成したい目的・目標を考えよう。次にこれをベースにより具体的にブレークダウンした内容、つまり競争戦略、市場の選択、資源の獲得などに分けて施策を考えて、最終的に各施策の実現可能性などを含めて検討し、全体を統合してミッション定義のゼロ次案とする。
実際は、これに基づいてシナリオ展開へと進み、必要であればミッション定義の見直しをすることにしよう。図では一方向の流れになっているけれど、フィードバックループを持つことが大事だ。
ビジネスシステム事業部の現状(As Is) 戦略ミッションのゼロ次案(まとめ)

以上から、橘と王は、既存事業の競争力の向上(競争戦略)、新事業・新市場の開拓(市場の選択)そして事業遂行能力の確立(能力・資源の獲得・強化)について、戦略施策のゼロ次案をまとめた。

戦略ミッションの議論 依田研究室にて
依田 今日はどこまでやるのかな?戦略ミッションのプロファイリングの結果についての議論までかな?
橘と王が椅子に座るなり、依田さんが聞いてきた。今までは事業戦略についての基本知識の勉強だったが、今日は具体論だ。依田さんもいつもより真剣な口調だ。村上さんと王君は、それぞれノートPCを開いて、メモを取り始めている。一応、今日の話は依田研究室とは守秘義務の合意済だ。ただし、具体論と言っても数字や具体的目標などの詳細は部外者にはあまり意味のないから、概略の考え方を話すだけでよいだろう。
そうですね。ミッションプロファイリング、特にミッション定義のゼロ次案についての考え方を説明するので、議論をお願いします。その結果、ミッション定義を見直し、実行シナリオをもう少し具体化して1次案として常務に説明します。
説明用のパワーポイント資料を使って、橘が説明を始めた。
資料は、前半が分析編で後半が戦略編になっていますが、最初に戦略編の最初のところから説明します。常務から言われている命題は、「中長期的な成長の戦略」で、具体的に事業の持続性と発展性を考えることです。この命題を私なりに咀嚼して、ゼロ次案で考えた戦略ミッションは「規模の経済を確立して競争優位を実現する」とし、「3年後にシェアトップを実現する」ことを目標としました。戦略ではなく単なる願望だと笑われそうですが、単に「規模の経済」などと言っても漠然としていますし、施策を具体的に考え易いので、こう設定することにしました。
依田 これは戦略ミッションの初期的な概念案だが、単純な割にずいぶん具体的にみえるね。でも、まずは、笑わずに話を聞こうか。 <ニヤリと笑いながら依田さんが言った。>
戦略ミッションをこの様に単純にしたのは、簡単明瞭で社内関係者全員に間違いなく理解してもらうためですが、背後にはそれを実現する上で必然的に達成を要するいくつかの大きな下位のミッションが隠れています。常務の「中長期的な成長」を実現するには、3年程度でこれ位の事を実現する力が要求されるでしょう。3年毎に、同様な難易度の課題を繰り返すことで、10年とか20年という長期的発展の土台ができます。課題遂行による組織の成長です。
依田 それで、背後の下位ミッションというのは?
当社は現状で市場2位ですが、あるべき姿として市場1位になるためには、市場シェアを1.4ポイントアップすることで、簡単そうですが市場の成長もあるので結構大変です。市場の成長率を6%と想定すると、年率11.4%程度の売上高成長が必要なこと、またそれにはそれだけの受注の増加、そして生産能力の向上が必要です。この様に、数字を展開してみれば、やるべき施策とその目標が明確にできます。もちろん、最終的な戦略施策は更にブレークダウンする必要があります。
依田 なるほど。それでは、その先を聞こうか。あれ?村上さん、何かある?
村上 考え方は判りました。下位のミッションにブレークダウンするのもその通り必要と思いますが、どの位までブレークダウンして考えるのですか?
3レベルでは浅すぎます。この段階で7レベルでは細かすぎますから、5レベル前後ですかね。用途は違うけど、なぜなぜ5回なんていう分析手法もありますよね。
WBSだって、意味があるのは自分の担当範囲を含め5~6階層ですから。
村上さんが頷いたので、橘は資料の残りを説明した。依田さんは、しきりに資料にメモを書き込んでいる。村上さんの方はPCをカタカタ言わせている。

依田 まず総論的には、シェアトップという目標から具体策をブレークダウンしたことで、戦略施策を具体的に整理できていると思う。それはよいとして、最初に確認したいことがいくつかある。ネットなどで見ると、SI事業の市場規模というのは7兆円くらいある。その中で、流通・サービスとか特定の市場とは言っても、300億円の会社がトップシェアを目指すというところがよくわからないのだが。
SI事業は様々なレベルがあり得ます。IBM、富士通などの最大手8社の売り上げで約3兆円 [4] になります。その3兆円のかなりの部分は外注、つまり下請け・孫請けの事業者に回り、それは残りの4兆円の一部に含まれます。当社の事業はこうした巨大システムの下請け構造の市場ではなく、最終ユーザーである企業が対象であり、また街のソフトハウスとでもいう所がやる小規模システムもやりません。結局、当社が対象としてアクセスできる市場の規模は3,500億円程度と推定しています。
村上 成長性や業界の構成からは、ポーターの競争の戦略 [5] でいう成熟期移行業界と多数乱戦業界のように見えますね。
そうですが、一部には先端業界の特徴もあり、戦略も教科書通りとはいきません。
依田 「戦略とは中期計画ではない」と言われたらしいけど、3年後の目標を前面に出すことは良いとしても、それでは中期計画と何が違うのか分かり難いね。
3年後の目標を出したのは、あるべき姿"To Be"をはっきりさせたいからです。変化が速いので5年後や10年後の指標では具体性が見えないんですよね。
長期的に会社をどう変えていくのかを、もっと明確にした方が良いですかね?
依田 ミッションプロファイリングは、「戦略ミッションの本質は何か」を明らかにすることだ。この場合、戦略ミッションの本質とは何かな? 王君はどう思う?
常務は「持続的な成長」と言っていますから...普通に言えば、戦略ミッションは「受注と利益が継続し成長するための体制とか仕組みを作ること」でしょう。
ただ続けばいい訳ではなく、成長しつつ中身をより効率的にする必要があるな。競争もあるから。不採算事業の整理も必要ですね。
依田 戦略ミッションの本質は何か、もう少し考えた方がいいと思うがな。成長性は大事だが、経営者の立場でみて、今の売上げを拡大してトップシェアだけが課題の本質なのだろうか?規模の経済は大事としても、SI事業ではどうなのかな?業界の状況が判らないから、私には何とも言えないけど。その他に重要なことはないの?
売上より利益率を重視すべきという意見もあります。その場合の戦略は、利益重視の組織体質を作るということですが。
規模よりも、現状とは違うタイプの受注を拡大したいという意見もありますね。社会的変化で、このままでは将来危ないという不安もあります。
今のSI事業は一般に企業の情報システム部門を顧客にして、いわゆる「人月方式」で進めますが、行き詰まりつつあるという危機感があります。それで、仕事のやり方、つまり契約の内容や契約方式、それに顧客側の考え方なども変えて、顧客にとってはより効果があり、受注側には確実性が高く、自社の能力を高く買ってもらえる形に事業をシフトしたいという考え方があります。
依田 ふーん。つまりは業態転換なのかな。
もちろん、SI事業が現状のやり方になったのは、歴史的に必然性があります。例えば、普通の機械とは違って「システムという無形物」を売るわけで、その価格は「それを作り出す作業」の対価として仕事を始める前に決める必要があります。そのために人月方式が確立したのです。その無形物はこれまでに作ったことがないもので、買い手と売り手それぞれの想定が正しく一致している前提ですが、その保証がないこと、「何人月」という対価は無能な者ほど収入が多くなる矛盾をはらむことをはじめとして、いくつもの深刻な問題があります。しかし、これに替わるべき手法が、現状では見当たらないことも問題です。
まあ、永久に見当たらないのなら良いのですが、部分的ですが別の形で見積もりや契約を行うケースも次第に増えています。
依田 その他には何か大きな課題はあるのかな?
それは業務遂行の確実性かもしれませんね。何を作るのか、詳細がはっきりしないところから始めるのですから、成功は保証されません。普通の機械でも、一発目の試作品は売り物にならないことが多いでしょ。だから、確実性を高めることは戦略的に重要です。ただし、これは受注拡大でも、利益率向上でも必要となる要素です。業態転換も、現状のSI事業における不確実性の回避が大きな目的の一つです。
依田 確実性というのは、経営上の直接の戦略目的というよりも、その目的を達成するための一つか二つ下位の副目的だろうね。

こうした議論から、今回の戦略ミッションの目的として有力な候補は、「規模の経済で優位性獲得」、「利益重視の事業組織の構築」、「業態転換」の三つと考えることとした。最終的には、これらの一つあるいは二つになるだろう。4人は、これらのテーマについて、それぞれの副目的や主要なリスク要因等について議論を続けた。

話を整理します。規模の経済での優位性獲得は、当面は市場拡大が予想される中で市場シェアを伸ばして、顧客拡大を狙うものです。同時に業務プロセスの改善投資などで競争力を伸ばし、戦うマインドを持つ組織の構築も狙います。
利益重視の事業組織の構築は、不採算受注を縮小し、原価改善に努力して、営業利益率を重視する事業体制を作ります。利益率優先なので受注選別などが重要です。手を広げず、ニッチ志向や既存顧客優先の傾向が出るかと思います。プロセス改善については、プロセス品質向上による確実性の向上や効率向上は規模の経済での優位性のケースと同じに重要です。自社内の業務は上流工程など利益率上有利なバリューチェーン重視にシフトし、それ以外は外注に移行など改善を図ります。中期的には、効率や品質の向上による体質改善と競争力の向上を目指します。
業態転換というのは、従来の事業形態を大きく変革するという意味ですが、まったく別の事業を始めようというわけではないので、新しいSIとでもいう方が良いかもしれません。この方向は、現状でも市場で徐々に増えつつある傾向を先回りして積極的に取り込み、先行者利益と長期的な競争優位を目指します。そうはいっても、顧客関係、業務プロセスなど一挙に全面的変革ができるわけではないし、技術力の充実も課題です。従って、現状事業と並行して進める必要があります。
依田 「新しいSI」というのは、社員の戦略理解には分かり易くていいかもしれない。具体的には、何を考えているのかな?さっきの話では、簡単には変えられない事情があるみたいだけれど。
SI事業では、最終的にシステムがどの様に動くのか、現場に導入して使い易いかなど、発注側の期待と受注側の理解に食い違いができる問題が避けられないのですが、それでも双方が納得する契約を作ってスタートしなければ何も進みません。それで、長年の業界内の実績から現在の契約慣行が確立したのです。ただ、最近はクラウドシステムが急速に普及して、その中で例えばSaaSなどの既成のソフトウェアを動かすことで、ユーザーが部分的には最終のアウトプットが見えるようになりだしたこと、アジャイルと言って、短期でシステムを部分的に作り上げるプロセスを繰り返す開発手法が使われ出したことなど、従来とは違う状況にあります。
その他、IoT関係の市場の急拡大やAI技術の導入の必要性など、革命的な技術的変化が予想され、それらへの対応にはオープンな技術資源の調達や統合が必要です。そのためには業務プロセスの革新が必須と考えられることも理由です。
SI事業とはシステムインテグレーションをする技術的サービスですが、「新しいSI」の"S"は、将来はシステムではなくサービスの"S"になるのかもしれません。今は顧客専用のシステムを作って提供する事業ですが、将来はクラウドの中に基本システムを我々が持っていて、顧客の希望に沿ってカスタマイズしたサービスを提供する形になるのかもしれません。Amazonなんかはそれに近いことを既に始めているとも言えます。
村上 広告のページを見ると、ただで工程管理システムが使えるとか...冗談ですけど。でもそんなのが出てくると、ビジネスモデルが全く変わるから大変ですね。
依田 なるほど。戦略の検討テーマとしてはすごく面白い状況だね。第三者的には。
ヤジウマでは困るんだけどな...
村上 議論をまとめると、こんなところですかね。マーケティング強化とか革新、あるいは業務プロセス改善とか革新と似たような言葉が並びますが、その中身は目的によって、かなり違います。
そう言って、村上さんがプロジェクタをPCにつないだ。これまでの議論を整理したパワーポイントの表が研究室の壁に現れた。

ミッション記述 (目的と副目的) [6]
ミッション記述 (目的と副目的)

戦略ミッション(ゼロ次案)の選定
依田 それでは、この3つの候補のうち、どれが山田さんが言う事業部の戦略の本質を表すミッション定義として適切かな?
「新しいSI」の③は必須だとは思うけど、一気に転換するのはリスクが大きくて難かしい。顧客の動向からも、最低でも数年かかります。当面の持続性という意味では①か②もしっかりとやる必要がある。戦略としては①と③の組み合わせにするか、②と③にするかですね。
業界全体が急速に変わっているので、中期的には③は不可欠ですね。それに展開力というのは、こうした変化に対応して事業展開する能力をつけたいという意味だと思います。
今の段階で、どちらかに決めなければいけませんかね。もう少し検討して、場合によったらA案、B案の二つのオプションで報告することもあり得ますね。
依田 当面、結論は少し後でもいいしオプションもいいが、早い段階で一つに決定することだ。両論併記とか玉虫色の戦略案はただの作文であって、戦略ではない。決意を避けるのだから、行動にドライビングフォースが加わらない。結局何もできずに失敗するよ。
<以下次回(第10回)に続く。>

参考文献等
[1] 野村総研「2021年までのICT・メディア市場の規模とトレンドを展望」2015.11.25
[2] 総務省「平成28年版 情報通信白書第2部」、282頁
[3] 日本プロジェクトマネジメント協会編「P2Mプログラム&プロジェクトマネジメント標準ガイドブック」日本能率協会マネジメントセンター、2014年、59頁~
[4] 電子情報技術産業協会(JEITA)「2015年度ソフトウェアおよびソリューションサービス市場規模調査結果について」 平成28年8月3日
[5] M.E.ポーター「競争の戦略」ダイヤモンド社、1982、257頁~
[6] 日本プロジェクトマネジメント協会編「P2Mプログラム&プロジェクトマネジメント標準ガイドブック」日本能率協会マネジメントセンター、2014年、83頁

+++++++ 謝 辞 +++++++
SI事業に関する戦略ミッションの検討例については、下記の各氏のご協力を頂きました。ここに厚く御礼を申し上げます。ただし、記述内容に関する一切の文責は筆者にあります。
    浦田敏氏、小原由紀夫氏、深谷靖純氏、宮本文宏氏 (五十音順)
+++++++ お断り +++++++
今回(第9回)及び次回(第10回)の記事はP2Mによる戦略立案のプロセスの説明を目的とする例示であり、現実の産業分野について分析や説明するものではありません。また、文中の「東麻布システム(株) ビジネスシステム事業部」などの組織及び登場人物は全て創作であり、実在の企業や人物をモデルとしたものではありません。
+++++++++++++++++

以上

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