理事長コーナー
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サービス業における生産性の向上

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :11月号

 最近の事件である。大手広告代理店の女性新入社員が、ウツ状態になり、自殺したという。「2015年に大学を卒業し、すぐ同社で勤務し始めた」。同年の12月に自らの命を絶っている。痛ましく悲しい事件である。「インターネット広告を扱う部署に配属され、自動車保険などの広告を担当し、クライアント企業の広告データの集計・分析、リポートの作成などが主な業務だったという。時間外労働は1カ月約105時間にのぼった。同社では、社内の飲み会の準備をする幹事業務も新入社員に担当させており、『接待やプレゼンテーションの企画・立案・実行を実践する重要な訓練の場』と位置づけている。飲み会の後には「反省会」が開かれ、深夜まで先輩社員から細かい指導を受けていた」。その間、彼女のSNSからは、再三仕事上の悩みや、夏以降一日の睡眠時間が時に2~3時間が続くという信じられない事が発信されていた。この10月には、労災補償が認定されたという。(朝日新聞デジタル 10/8 から)

 企業広告は、新聞や雑誌を媒介とする広告から急激にインターネット広告に移行しているという。新しい分野だから、仕事はルーチン化されていないであろう。新人向けのマニュアルもない。気まぐれな「顧客」への広告による効果を見える形で顧客に示す事は難しい。広告コンセプトや戦略が定かでない顧客の広告担当者は、昼夜振り回されるという。しかし、不思議なことは、何と言っても彼女は、前年の夏にインターンをしていたといはいえ、新入社員である。その新人に対して過大と思われる負荷がかかっていることである。いかに有能であっても、また非常に仕事勘が良かったとしても、入社半年程度の新入社員の業務能力・業務判断には限界がある。特に、モノという見える対象を介在しない業務での顧客説得は容易でない。顧客や協力会社との関係性を良好に保つことも相応の経験を必要とする。何故、新人がそこまで担当したかという疑問がわいてくる。

 同日の新聞では、厚生労働省が「平成28年度版過労死等防止対策白書」をまとめて発表したとの記事があった。この白書によれば、パートタイム労働者を含む年間総実労働時間は、この25年間に2,064時間(平成2年)から1,734時間(平成27年)へ一貫して低下してきている。一方、所定外労働時間は、同じく156時間から132時間で、平均すると毎年1時間の減少である。リーマンショック後の平成21年には一旦111時間まで落ちたが、現在は上昇傾向にある。それにしても、日本の全労働者の所定外労働時間は月平均11時間である。

 更に、白書は、「仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者の割合は、以前より低下したものの、依然として半数を超えている」としている。仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスの内容(3つ以内の複数回答)をみると、「仕事の質・量」(65%)、「仕事の失敗、責任の発生等」(37%)、「対人関係(セクハラ・パワハラを含む。)」(34%)となっている。事業所での相談窓口は増えているようだが、これらストレスの原因は、相談して容易に解決する内容でない。

 勤務問題を原因とする自殺者数は、この10年間2,200~2,700人で推移している。一方、業務の過重な労働、負荷、ストレスが原因とさえる脳・心臓疾患の労災請求件数は、過去 10 年余りの間、800 ~ 900 件台、労災が認定された件数は、200~300 件台、そのうちの死亡件数は、この数年間100 件前後で推移している。平成27年度の脳・心臓疾患の労災請求件数の多いトップ3業種は、運輸運送業(含む郵便)133件、建設業(総合工事)48件、サービス業(飲食業を除く)45件である。(同白書)

 労働時間は、労働基準法にて定められ1日8時間、1週40時間、週1回の休日の原則があるが、更に、労働基準法第三十六条は「労使協定をし、行政官庁に届け出た場合においては、その協定に定めるところによって労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。」良く知られている法律による残業規制は、その第一項に「協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」があり、1週間から1年間の範囲で具体的な残業時間が定められている。例えば、3か月で120時間という基準が平均のガイドラインとして良く引用される。

 これと比較しても、彼女の月105時間の残業時間は異常であるが、睡眠時間から推測する実際の勤務時間は、これを大幅に超えていると推測する方もいる。自分の経験からも、システム開発をしていた際の締め切り間際の特定の月には150時間以上の残業があったと思う。これは平日毎晩午後10時まで勤務し、全土日も出るという勘定だ。

 新聞によれば、過労死の実態や防止策の実施状況をテーマとする報告書は、これまで世界でも例がない画期的な白書だという。しかし、問題の本質は労働生産性の低さにあるのではないだろうか。日本の労働生産性は、OECD諸国の中で、製造業では引けをとらないが、サービス業は低い。OECD(先進34ヵ国)の2014年の労働生産性を見ると、GDPでは米国、中国に次ぐ第3位の日本にかかわらず、日本の労働生産性は$72,994で第21位だ。主要先進7か国ではこのところ常に最下位だ。(日本生産性本部:日本の労働生産性の動向 2015年版)

 サービス業やホワイトカラー職は、業務を通して顧客に価値を提供しているが、知識体系もなく、サービスの質・量が担当にゆだねられる状況が続く限り、頑張り屋の日本人がいくら努力を重ねても、労働生産性を上げることはできない。過労死の問題も同根の問題だと思う。その対応の一助となるため、サービス業、ホワイトカラー職の生産性向上に向けたP2M適用がある。その具体的な道筋を明らかにしたい。

以 上

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