今月のひとこと
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バーチャルリアリティ

オンライン編集長 深谷 靖純 [プロフィール] :11月号

10月末まではクールビズを言い訳に、ネクタイを外していました。再びビジネスマンルックに戻り、ネクタイを着けています。首に布切れを巻くのは窮屈だし、滑稽ないでたちだと思うのですが、皆がそうしているので変えられません。止めたい、止めたいと呟きながら40年以上経ってしまいました。

満員電車の中で、スマートフォンや専用機でゲームに夢中になっている人の傍には立ちたくないものです。本人にその気はないようですが、やたらに押してきたり、乗降ルートを塞いだりしています。ゲームの世界は日進月歩、バーチャルリアリティの技術を取り込んで、さらに夢中人を増やしていく勢いです。
バーチャルリアリティ=人工現実の技術は、どこまで進んでいるのでしょうか。最近話題になっていたゴーグル型のゲーム機は、視覚を刺激して仮想の人工現実をもたらすそうです。人間が立ち入ることができない宇宙空間、深海底、噴火する火山の火口の中等からの景色も、実際に見ているかのように目の前に広がるそうです。そして、目の動きに合わせて景色が変わっていくということです。
美しく穏やかな景色や雄大な景色だけでなく、ジェットコースターに乗っているかのようなスリル満点の景色を提供するゲームもあるそうです。そのうち、もっと過激な、例えば殺戮の現場に立ち会わせるといったメニューも提供されるのではないかと、密かに心配しています。目撃者として見るだけでも刺激が強いと思いますが、殺人ゲームとなって被害者や加害者になるシナリオが組み込まれるとどうなるのでしょうか。
仮想の世界は、時代と共に「リアル=現実」に近づいてきました。聴覚に訴えて想像力を掻き立てる「語り」や「音曲(音楽)」の世界。文字を通すことによって、さらに空想の世界を広げる「詩」や「小説」。視覚に訴える「絵画」と文字を組み合わせた「漫画」、さらに視覚・聴覚に直接訴える「映画」「アニメーション」では、自分がその場に居合わせると錯覚することさえあります。
脳の研究が進んでいるということですので、この先、触覚、臭覚、味覚といった視覚・聴覚以外の感覚についても、バーチャルリアリティに取り込まれていくと考えられます。身体を動かすことなく、直接皮膚や筋肉の神経に刺激を与えることによって身体が動いていると錯覚させるのです。一流アスリートが走ったり、跳んだり、投げたりするのと同じ感触を感じる事ができます。風を切る感覚、足が地面を蹴る感触、スナップを聞かせた時の指先の感触、筋肉の躍動感、息遣いなどを身体全体で実感し記憶することになります。この人工現実技術は、トレーニングの革新に繋がる可能性が高いと考えられます。
一方で、人工現実の世界で格闘技を行うと、相手を倒す快感を得ることもできますが、パンチを受けた際には痛みを感じることにもなるはずです。ノックアウトになるような、強烈なパンチを受ける感触というのはどんなものでしょう。傷を負わせた場合には、汗の匂いだけでなく血の匂いも嗅ぐことになるのではないでしょうか。
こうした感覚を不快だと感じる人ばかりではありません。傷を負ったり、負わせたりといった非日常的な刺激を求める人は、人工現実下のリアルな殺人ゲームや戦闘ゲームに没入することになるのでしょう。その中で、実際に他人を傷つけたり、自分が傷つけられるのと同じ感覚体験を繰り返していくと、心に変調をきたす人が出てきても不思議ではないですね。

新しい手法・技術が生まれる度に、それがもたらす過剰な刺激が健全な社会に悪影響を与えるのではないかとの声が上がり、推進しようとする人たちとの間で軋轢が生まれてきました。バーチャルリアリティの技術がどのように進んでいくのか、まだ展望することはできませんが、適切なコントロールの下にあって欲しいと思います。

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