グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第108回)
「計画の失敗」ではなく、「失敗の計画」---逆読みプロジェクトマネジメント

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :11月号

 10月は26日にソウルに来たが、月初からしばらくは、ヨーロッパの学生の指導の確認のために”Perspectives on Projects”(Rodney Turner他著, 2010年, Routledge刊)を久しぶりに読んでいた。この本は、世界で初めて、リサーチに裏付けられてプロジェクトマネジメントの本質を9つの領域から説いた本で、世界のトップPM学研究者4名の共著である。本書は筆者が所属するSKEMA Business School(出版時はESC Lille)がプラットフォームとなって出版されたこともあり、筆者にとってもPM論のバイブルである。

Perspectives on Projects  世の中にあるプロジェクトマネジメント(PM)の本は、ほとんどが、いわゆる「ハウツー」ものである。二つの種類があり、PMの達人(及び、もどき)が経験則に基づいてPMのあるべき姿を披露する著書か、定評あるPMスタンダードの解説的な著書である。これらの著書はPMの初心者のオリエテーションには適しているが、スタンダード(標準)基準か、個人の経験基準かの違いはあるがプロセスの解説が主体であり、プロセスを支配するメカニズム(あるいはアルゴリズム)の説明がほとんどないので、PMの本質を理解したい人にはもの足りないかもしれない。
 このPerspectives on Projectsの題名に注目願いたい。Project ManagementではなくProjectsである。この本が出版された2010年までには、世界では、PMの成功とプロジェククトの成功は同一軌跡にあらずというエビデンス・ベースの研究がかなり進んでいた。プロジェクトを成功させるには、成功するプロジェクトを仕立て、成功するプロジェクトのシステム的な仕組みを作らないと失敗するということだ。この本は、この観点からトータルサイクルでプロジェクトを論じており、PM実践者の知恵の宝庫となる。エビデンスに基づく知恵のいくつかを紹介すると、
スポンサーが誰かが明確に認識できないプロジェクトは失敗する・・・例:2020東京オリンピック計画の迷走(まだ途中ではあるが)。
プロジェクト主体やプロジェクト責任者にオーナーシップ(プロジェクト成功に賭けた責任感)が欠けるプロジェクトは失敗する・・・例:多くの公共工事。
政治的な圧力がプロジェクトのレンズを曇らす・・・例:英仏トンネルプロジェクトなど(プログラム実施関係者はプロで、計画が失敗するのが分かっていても、政治家はやりたい)。
PMとは、品質・納期・予算の鉄のトライアングルである・・・受注型のプロジェクトには妥当するが、自発型プロジェクトでは、その重要性は成功要因の半分以下である。
無知は増幅される・・・失敗を繰り返すアフリカのインフラプロジェクトを分析したカメルーン出身のケベック州立大学モントリオール校L.IKA博士は“failing to plan is planning to fail.”(計画の失敗は換言すれば、失敗するように計画していることである)という名言を発している。
“One-size-fits-all”(万能のPM手法)を謳う弊害・・・身の丈に合わないPM手法は害となる。

 PMは失敗でも(例えば当初裁可予算の3倍となったなど)、プロジェクトは成功という例はいくらでもある。石油・天然ガス開発プロジェクトは、当初開発予算の数倍かかっても、一旦操業に漕ぎつければ2~3年で開発費(プロジェクト投資)が回収できて、優良プロジェクトになることがよくある(メジャーオイル関係者談)。旧国鉄の東海道新幹線は、当時の十河総裁の英断で、国鉄側で実際に見通せるコストの半分で政府に予算申請を行い、世銀の融資導入に成功して、追加費用は国庫から拠出することを条件づけられ、この確信犯的な戦略が成功して、予算超過は甚だしいが、東海道新幹線は金の生る木となった。
 このような事が再々起こるので、プロジェクトは度胸と感と経験だという神話が崩れない。しかし、KKDであると、プロジェクトが完全に没となりサンクコスト(Sunk costs)を招く可能性もあるし、最悪はプロジェクト・ゾンビの登場となる。

 26日から28日まで10年ぶりでソウルを訪れた。日本プロジェクトマネジメント協会と韓国プロジェククトマネジメント協会(KPMA)が2014年に交流を再開し、3年目となる今年は、かつてKPMAとの交流を推進した筆者がPMAJの特使となり、KPMA年次シンポジウムで基調講演を行うなど外交をさせて頂いた。こちらは、初めから絶対にミッションを完遂するという決意で、戦略分析も行い、プロジェクトに当たった。
 到着日の夜、KPMA創設者で名誉会長のC. H. Rie氏(もと韓国電力の会長)、会長Y. C. Lee氏、理事・韓陽大学学部長C.W. Kang教授および常勤副会長Jay Kang氏より夕食会にご招待を受け、初めての経験である韓国流中華料理の名菜と素晴らしいボルドーワインを味わいながら、プロジェクト産業・プロジェクトマネジメントにおける日本と韓国の大変深い交流について話が弾み、また筆者より8歳年上であるRie名誉会長の日本語の記憶が一気に蘇った。
 シンポジウムは2日制で、面白いのは開会セレモニーと基調講演が初日午後3時からということだ。筆者は、両日とも午前中からシンポジウムに参加して、韓国語はサッパリわからないが、演題、図、そしてよく出てくる英語の単語とデータ(数字)を頼りに内容の推定に努め、各講演のあと、発表者に英語で要点の確認を行って概要を理解した。この方法は、ロシアやウクライナでよく使っている。
 午後3時からのセレモニーでは、主催者会長の式辞に続き、韓国の著名なジャーナリスト(政治経済評論家)の大変面白く辛辣な基調講演に続き、田中より45分の英語での基調講演Cooperation in Project & Program Management between Japan and Korea, and Beyondを行った。続いて韓国政府のR&D戦略へのPM思考導入を指導している研究者の方から同じく基調講演があった。基調講演は筆者にとり今年4回目であったが、一番魂が籠り、シンポ参加者にもしっかりと受け入れられたようだ。シンポでの各発表者の講演はトピックスのスケール、内容の深さ、国際感覚とも十分で素晴らしかった。大変充実した2日間を過ごすことができた。PM大会は力強く、美しくやりたい。

田中基調講演 KPMA首脳
田中基調講演 KPMA首脳

 過去二回のソウル訪問の記憶は全くなくなっていたが、起伏があり、漢江で二分されているソウルの景観の美しさには驚いた。ユーラシアを渡り歩く筆者には、ソウル(中心部)はアジアというよりヨーロッパの都市のように感じた。街路樹がありカフェやブティーク(それと整形外科)が溢れる街は大変トレンディーである。一方路地を入るとB級グルメが大好きな筆者にはあまりにも魅力的な店が軒を連ねている。是非今度はゆっくり来て、韓陽大学などと交流をしたいとの思いに駆られた。  ♥♥♥


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