グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第107回)
PBL(プロジェクト・ベースト・ラーニング)について

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :10月号

 最近新聞報道があったなかで興味を引いたのは、イギリスの教育専門誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)」が、最新のアジア大学ランキングを発表したが、ランキングで、昨年まで3年連続で1位だった東京大学は7位に後退し、首位の座をシンガポール国立大学(NUS)に譲り渡した、という記事であった。THEのランキングに対しては日本の大学関係者から種々異論が出ているのは確かだが、筆者の見るところ、THEなどの世界大学ランキングは英語での研究や教育の質と密接にリンクしている、つまり、一国の高度英語力のレベルと密接に関係しているので、英語力と学力がコンスタントに上昇している他のアジア諸国と比べて、横ばいを続けている日本の大学の宿命であると考えたい。
 アジアで初めてナレッジエコノミーに移行し、大学が2校しかないシンガポールがアジアの大学ランキングでは首位、2位を占めているのは一種の異常値としても、東大の上に中国4大学、東大のあとに韓国3校が占めていることをどう考えるか、が問題だ。
 筆者が大学院教員をしていて、アジアの大学院生の学力と高度英語力を比較していても、シンガポールの学生(出会うのは稀であるが)、韓国の学生、中国の学生の順で学力と英語力が高い。
 筆者が今年知り合い、教育を若干手伝ってもらっている韓国出身の若手研究者は、韓国の名門私立大学高麗大学(THE世界ランク201~250位圏)、米国ジョージア工科大学(25位)、ソウル国立大学(72位)修士課程、独アーヘン工科大学(78位)、東京大学(39位)博士課程と、世界を渡り歩き、GMAT、TOEFL、TOEICなどのスコアは強烈に高く、研究者の入り口にして、一流サイエンスジャーナルでの5件の論文採用、英語の単著学術書出版と眩い経歴を有するが、物静かで切れ者の素振りを見せない。筆者の半分にも満たない年齢で、アジア3カ国、アフリカ(学部時代ガーナでボラティア小学校教諭)、米国、ドイツを知ったこの人に夢を託したい気持ちになっている。
 さて、今月書きたいことは、PBL(プロジェクト形態の学習)についてである。
 日本でも中学校や高校でアクティブラーニングが進んでいるという。アクティブラーニングは、学習目標と課題を教員と生徒が共有し、その達成に向けてプロジェクト形式で学習を進める教育形式と理解できよう。これを世界の用語に置き換えるとほぼPBLとなる。もちろん、学校ごとに、プロジェクト形式が強い、弱い、の差はある。
 ところが、大学ではPBLを実施しているのはほんの少数で、大学から高校に受験学生紹介を依頼しに行くと、高校で進んだPBLを大学でどのように引き継いでくれるかの質問が出るそうだ。
 日本の学部レベルで完璧なPBLを実施しているのは金沢工業大学ということは衆目の一致するところであるが、多くの大学でPBLが積極的に採り入れられないことには理由がある。大学の教員は研究者としての権威を大事にして、教育より自分の専門分野の研究を重視するので、教育、しかも軽い感じを与えるPBLはパラダイム上受け入れにくい。プロジェクトデザインとプロジェクトマネジメントの知見とセンスがないとPBLは実施できないが、大学は、伝統的に、これからは遠い世界で動いており、教員側にPBLに興味がある、あるいは時の流れでPBLに取り組む必要が出てきても、何をやってよいのか分からない。また時間が足りない。そして、PBL実施には学生と教員の信頼関係が必要であるが、双方に言い分があり、プロジェクトチームを組成して教育を行うには抵抗があることが多いようだ。
 筆者は、2010年代に始めた日本国内の大学院3校(北陸先端科学技術大学院大学、慶應義塾大学大学院経営管理研究科、岡山県立大学大学院)での講義にPBLを取り入れた教育を実施している。科目のタイトル(ブランド)は大学院ごとに若干変えているが、根底にあるコンセプトは、“クリエイティブ・プロジェクトデザイン & マネジメント”を大学院生(一部学部生)に教えるということである。筆者のPBL教育手法は、PMプロフェショナルとして1980年代から90年代前半に米国のプロジェクトマネジメント・アクティブラーニング・ワークショップを受講して、あるいは2002年からフランスの経営大学院で非常勤教授を始めて、経営大学院でのPBL手法に接して、習得した。
 PBL実施には、下記要件が必要である。
明確なシラバス(講義要綱)を提示し、学習目的は何か・学習成果(アウトカム)は何か、どのような能力(当該専門分野の知識と理解力 (KU)、認知力・インテリジェンス (CIS), 実践応用力(PS)、グループワーク力・リーダーシップ(TS))を涵養するか、どのような事前学習が必要か、どのように授業に臨むべきか、を学生に伝える
授業は、座学(基本知識の伝達)、理論・知識を構成する主要トピックスに関する議論あるいは小演習、課題レポート作成、学生をグループ編成し、学生が自主選択するテーマについてクリエイティブ・プロジェクトデザインの演習を行わせる
上記を実施しながら学生の理解度をモニターし、必要に応じてその後の授業に修正をかける(難易度を上げる・下げる、事例を頻繁に入れる、など)
基本的に、マネジメントのグローバル言語である英語でPBLを進行する(日本人学生の場合は英語+日本語解説)

 筆者は国内外すべての大学院で非常勤教授として教えていて、研究力ではなく教育力を買われて起用されていること、客員ゆえに学生を触発する教え方を期待されていること、学生をパートナー、顧客と考えて臨んでいること、から思い切った教え方をしていると、おのずと学生評価が高くなっており(国内で)一年単位の任期が継続している。
 ここ数か月でも、7月に北陸先端科学技術大学院大学(日本人社会人学生)並びに慶應義塾大大学院(8ヵ国から大学院生主体のグローバルセミナー)、9月に北陸先端大(全員外国人大学院生)並びに岡山県立大学大学院(日本人修士学生+若干の学部生)でPBL授業を実施した。
 筆者のPBLに関する所見は下記3点につきる。
プロジェクトデザインの知見とセンスなくして教員としてPBLは実施できない
教員はサービス業であり、その価値は、学生に使用価値 (Value in use) を実感させることにある
理論的にPBLの在り方を探索するのではなく、ともかくPBLを実施してみて、その現場から修正点を把握し、エンハンスし、PBLモデルを固めていく必要がある。

北陸先端大大学院授業 北陸先端大大学院授業
北陸先端大大学院授業

岡山県立大学大学院授業 岡山県立大学大学院授業
岡山県立大学大学院授業

 来月は10年ぶりの訪問となる韓国PM大会の模様を報告する。  ♥♥♥


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