グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第106回)
落とし物・盗難に注意

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :9月号

 今から50年頃前、学生の筆者が夢中になっていた事はラテンアメリカの研究(と言うほどのことでもないが)であった。その熱はとっくに冷めてしまい、対象国の興味は世界を一回りして、今はアフリカとスラブ諸国に向いている。リオ・オリンピック (ブラジルのポルトガル語ではリオではなくヒオと発音する) にも大した興味を持たずにいたが、いざ幕が開いてみると非常に綺麗なオリンピックで大いに楽しませてもらった。前半は日本で、後半はフランスに居てテレビの中継に見入った。
 日本でオリンピック競技の中継を見ていたら日本選手の出る競技が中心となるが、フランスでは、当然フランス選手中心の中継となる。ただし、ホテルでのTVチャンネルは50くらいあるうちの7局くらいが中継をやっているので、競技は選べる。フランスもブラジルと同じラテン世界の一員であるので中継スタイルも、エキサイト型・劇場型であり、早くからラテン民族の影響を受けた筆者には快い。前半見た競技で一番印象に残ったのは、我が家から3分にある小学校出身の選手が出場するので応援しようと見た女子1万メートル競技だった。エチオピアのアヤナ選手の驚異的な世界新記録での快走が素晴らしかった。エチオピアのアスリートは高い身体能力を、知力を使って最大限に発揮するすべを習得しているようだ。

 ただ今、毎年8月第4週恒例のフランスSKEMA経営大学院大学でのEDEN世界博士セミナーに出席中だ。今年は、筆者のかつての勤務先の後輩で、プロジェクトマネジメント研究者としても活躍中の佐藤知一氏(PM専攻工学博士)にも参加願った。2014年以来2回目となる二人での共演を初日午前中に大変気持ちよく実施した。筆者からの講演は“Project & Program Management for Service Innovation”で、佐藤さんは”Systems Engineering Approach toward Project Evaluation and Dynamics”を発表した。二つとも世界のPM界では、かなりユニークなトピックスではあるが、興味のある参加者には大変良く受けた。

佐藤氏、Rodney Turner研究科長と  世界のアカデミックPM界には、PMIの世界リサーチ大会とIPMA世界大会のアカデミック・ストリームと、いずれも隔年開催の2つの大会があるが、これらは、論文を出さないと先に進めない研究者の論文発表機会をやや容易に提供する大会である。プロジェクトマネジメント学の方向性と研究の新たなパラダイムを作るという観点から圧倒的に権威ある学会は、
佐藤氏、Rodney Turner研究科長と
毎年開催の本EDENセミナーである。研究者としては招待されることが大きなプレステージとなる。
 この大会は基本的に社会科学としてのプロジェクトマネジメント学専攻博士課程生の修行道場である。彼らに設けられている場は、① 研究の中間報告を行い世界の権威から意見を貰う、② 研究プロポーザルのプレゼンテ―ションを行い、改善点のアドバイスを受けたうえで承認を得る(実際には研究は粗方仕上がっている必要がある)、③ 論文最終審査に先立ち、教授達のコメントを収集して最終修正の準備をする、そして、④ 博士論文の最終口頭陳述を行い審査委員会の決議を経て、PhD学位を確定する、である。
 ここでは、学生と教員の関係は1対1ではなく、1対複数となる。学生には自分のスーパーバイザーがいるが、自分の研究に対してどの教員にも意見が聞けるし、教員は自分の学生ではなくても気づいたことを遠慮なく学生に伝える。これは、日本の大学での学生のクローズな関係とかなり異なる。
 もう一つの役割は、世界の教授から、最新の研究パラダイムや新たな研究につき紹介を行い、学生に研究の方向性を示唆することにある。但し、こちらの方は、毎年やって来る研究者の高齢化と講演内容のマンネリ化、もっと根本的には、欧米PM学会の硬直化がどうにも気になりだした。まず、PM学の研究者の新陳代謝が進んでない。これはプロフェッショナルPM界のリーダーについても同じではあるが。次の世代を担うと目される華のある研究者がどうも居ない。一方、米欧の研究者には定年がないので、一度権威を手に入れた教授達はなかなか引退しようとしない。
 どの学術分野でも同じであるが、欧米のPM科学には境界線があり、内側の住人と外側の住人は区別されている。境界線内のナレッジ領域は、権威ある欧米のサイエンスジャーナル、つまり、IPMAのInternational Journal of Project Management(一位)かPMIのProject Management Journal(二位)に掲載された論文と、これらのジャーナルのレフリーを務める研究者が、PMIなどのリサーチ・グラントを基に共同で遂行するリサーチ成果の書籍のみが形成している。筆者のように、この境界内でリサーチの実績があまりなく、隣接領域(ウクライナ、ロシアのプロジェクトマネジメント科学界で実績がある、あるいはグローバル・プロフェッショナルPM界で影響力がある)に棲む者は、どこまでも客員に過ぎず、内側の研究者であるとは決して認められない。それでも、毎回必ず招待を受けて基調講演を担当しているのは、本当の世界がどのように動いているのか(実学)を伝える者、言ってみれば、ジャーナリスト的パーソナリティーが必要であるからであると解釈している。
 しかし、なんといっても学生との交流は楽しみで、今回もアフリカの学生達(コンゴ、ナイジェリア)と種々話し合った。SKEMAの博士課程にはアフリカの学生が多い。フランスの大学ではあるが、使用言語は英語であるので、ナイジェリアの学生が圧倒的に多く、南アフリカが続いている。アフリカの学生が熱心にプロジェクトマネジメントの高度研究を行っているのに、経済大国の日本からは大学の歴史上ひとりの学生もいないというのは実に悲しいことだ。

80才代にして迫力満点のAaron Shenhar教授 発表が最優秀であったイタリアの大学の博士課程生
80才代にして迫力満点の
Aaron Shenhar教授
発表が最優秀であったイタリアの大学の
博士課程生

 現在筆者の研究の興味は開発プロジェクトのプロジェクトマネジメントとサービスイノベーションのプログラム & プロジェクトマネジメントに移っている。現在スーパ―バイザーを担当しているロシアの学生の研究テーマはロシアの地方コミュニティーの持続的発展へのプロジェクトマネジメント適用モデルであるが、今回のEDENセミナーにはフランスに来る直前にウイルス性疾患に罹り参加できなかった。この学生からは今年内にロシアでの強化キャンプの申し入れを受けている。
                            
 今回のフランス訪問では、初めの3日間を休暇とした。パリ郊外の村と北海沿岸のダンケルクでのんびりし、食べたいものを食べた。フランス名物のタルタルステーキ、ムール貝の白ワイン蒸し、アントレコート(リブアイステーキ)、それにダンケルクの中国人経営の日本料理店で食べた刺身は絶品であった。フランスでは、スパゲッティ以外は何を食べても大体美味である。

ダンケルクの港 フランス夏の風物詩ムール貝のワイン蒸し
ダンケルクの港 フランス夏の風物詩ムール貝のワイン蒸し

 今月号の話題を「落とし物・盗難に注意」としたが、本年3月フランスの大学院に来た際の帰路、TGV(高速鉄道)のなかで財布を紛失した。実際はスリ被害に遭った可能性がある。普段はやらないが、その日は楽な服装で12時間のフライトを過ごそうとジャケットをスーツケースにしまい込み、ポケットがないので、ポシェットに財布を入れていた。TGVに乗車した際、スーツケース、イランの学生が博士合格記念に贈ってくれた記念品が入ったかなり重いカバン、そしてブリーフケースの3つと格闘しながら荷持棚にスーツケースを載せようとした際に、手伝ってくれた人がいた。どうもそれは、フランスで典型的なスリの手口のようで、自分のスーツケースに目が行っている筆者のスキをついてグループの他の人間が財布を抜き取ったのだ、と友人が解説してくれた。その友人もTGV社内で、座席の上の荷物棚に置いたブリーフケースを盗られた。東の方の国から来ているTGV専門のスリグループが居るとのこと。ノルウェイ拠点の教授はコペンハーゲン空港で座席の隣に置いたブリーフケースを盗られた。高価なスマホを抜き取られる盗難の話もよくきく。
 幸いパスポートと主たる現金はブリーフケースに入れてあったので、帰国はできたが、パリ空港で行ったクレジットカード類の即時無効化、警察からの紛失証明書の取得に始まり、帰国してからの各種証明カード類の再発行手続でかなり時間をとった。旅行中パスポートと財布など貴重品を一緒にして厳重に保管するか、貴重品を分けてリスクを分散するかは各旅行者の旅行術によるが、筆者のケースは、度重なる海外廻りで、注意力が落ちている自分の年を考えずに、横着になって、財布にパスポート以外の各種の重要書類をすべて突っ込んだツケだ。なお、財布は、現金は抜き取られてはいたが、TGVの終点の南フランスから、筆者の自宅に航空便で届けてくれた親切な方がいたことは、奇跡に近い。
 それ以来、かなり基調品管理に気を使いだしたが、それでも今日(8月25日)帰りのTGVの乗車券がジャケットのポケットから抜け落ちてなくなっているのに気が付いた。フランスの乗車券は細長いので、ポケットからはみ出しやすく、昼食を食べた中華料理店でジャケットを脱いだ際に落とした。店に戻ったらちゃんとあった(乗車券は記名式なので、こういう時に便利だ)。嗚呼。  ♥♥♥


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