グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第105回)
夏のキャンパスめぐり

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :8月号

 今から13年ほど前、筆者は、PMAJの前身である日本プロジェクトマネジメント・フォーラム(JPMF)の会長であったが、一回り以上若い気鋭の幹事(現呼称では理事)達を中心に関谷哲也副会長(現竹中工務店執行役員)がプロジェクトリーダーとなって共同執筆し、「トコトンやさしいプロジェクトマネジメントの本」を出版した。この本は、マイホームづくりの過程を舞台回しとしてプロジェクトマネジメントの要諦を説いた本で、分かりやすさ故に広い読者層に愛され1万数千部売れたとのこと。残念ながらこの本は絶版となっているが、我が家で最近リフォームを行う度にこの本を思い出す。
 この本を読んだ妻が、ここに書いてあることは私がやっていることと全く同じだ、違うのは家族がチームビルディングに協力しないことだけだ、と宣ったが、我が家のリフォームは妻が全面的に仕切ってやっている。ホーミング会社のプロジェクトマネジャーは、いつも、建築学科出身の20歳代の女子社員で、種々の業者さんを仕切りながら達者にPMの仕事を纏めている。
 7月は大体忙しいが、今年はことさらであった。まず7月4日からの6日間、品川駅前の北陸先端大東京サテライトキャンパスで社会人学生向けの集中講義を行った。この講義も6年目を迎え学生と教員の咬み合わせが大変良くなった。例年であると7月末の夜間授業で体力消耗をしていたが、今年は2週間繰り上げで、涼しい夜に恵まれたこともありかなり楽に消化できた。
 土曜日夜に品川の陣を終えて、このコラムの最後に出てくる、慶應義塾大学大学院経営管理研究科の全学生向けに、3日間グローバルセミナーのオンサイト・プロモーションを行い、終えて、その足で岡山県総社市にある岡山県立大学を訪問し9月実施予定の大学院3研究科共通のプロジェクトマネジメント実践論の大学幹部への説明会を実施した。いずれも英語でのセミナーであり、開催は決定しているが、このようにきちんと“街頭演説(地上戦)”を行わないと受講者はなかなか集まらない。
 前号のコラムで報告のように、中国では5時間半の新幹線の旅は快適であったが、日本の新幹線では、90分以上の乗車は身体に変調をきたすのが常で、心理的に拒否反応がでるので空路で岡山往復をした。北陸先端大の授業の際に、この我が異常の理由が想像できる方は教えてほしいと振ったところ、年配の学生が、それは座席の3列・2列の配置が心理的な圧迫を生むからではないかとのこと。その方は東海道・山陽新幹線の場合は、JR西日本に入ったら4列配置か3列配置の列車に乗り換えているとのこと。なるほど。
 岡山から帰るとすぐに、また、フランスに1週間行った。今回の訪問は2週間前に決まったため、ANAの割引料金は夏場で高く、3割ほど安いエールフランスで往復した。エールフランスは日本人客にも大変人気があり、往復ともほぼ満席であり、乗客の8割は日本人であった。追加料金8千円を支払ってエコノミー席の最前列を選んだが、前方を見ると(往路)ファーストクラスとビジネスクラスの乗客は全員日本人で、ほとんどがシニアのツアー客であった。伝えられているとおり、日本人のシニアには金持ちがいることを実感した。
 筆者のフランス訪問は、一昨年11月から、過去7回連続で、テロ事件の直後か、フランス滞在中に同国か隣国でテロ事件が起こるという緊張を要する状況下であった。無事に往来しているが、注意するのは、人や車のそばをできるだけ避けて歩く、あるいは、目立たないところを選んで移動する、テレビ報道に注意し、また町でフランス人の気配をよく観察すること、などだ。(人通りと表情の緊張度の有無:いずれも、これまで変わり無し)。
 今月のフランス大学院(リール市)訪問は、筆者がよく知っており、スポット・アドバイスをしてきた学生2名が博士論文審査の最終陳述テストに臨み、とくに、筆者(の会社員時代)と同じ業界に属する(顧客側企業社員)学生の論文審査員に指名され精査を行った経緯があり、また、この2名のスーパーバイザー(いわば弁護人)が出席できないため、ピンチヒッター役を兼ねて、合計4名の学生の論文陳述試験の審判員を務めたものだ。
 同業の学生(企業では中堅)は、科学的にも実践的にも素晴らしい研究を行い、論文・プレゼンテーションも隙がなく高得点で楽々合格した。エチオピア出身のこの学生は、大型天然ガス・石油プロジェクトの成功基準と成功要素の研究を、顧客側と元請コントラクター側の両方数百名の調査協力を得て、後世に残る名論文を発表した。筆者自身、論文を精査して、いままで機密保守性の極めて高い文化故にデータ発掘が不可能と思っていた業界で、この学生が徹底的な先行研究と科学的にも頑強な調査研究を行ったことに強い驚きと敬意をいだいて、遠路彼のデフェンスに参加した。筆者は米国メジャーオイル企業を師匠として産業研究のイロハを教わり、30年後、欧州メジャーオイルの社員のこの顕著な研究に接して、これを餞としていつでも卒業できる気持になった。
 彼が、私の行きつけのアルジェリア料理レストランでのお祝いのディナーの席で私に語ったのは、今後業界の発展に献身するとともに、母国エチオピアの発展にも尽くしたい、ということだった。Give backという多国籍企業の社員がよく使う言葉は筆者の信条でもあるが、30歳代中盤で、修士号2件、博士号2件(今回のPh.D.以前にオランダの工学博士)を有し、グローバル・プロフェッショナルになったアフリカ出身のこの青年は、将来世界のいずれかの分野のリーダーになるにふさわしい風格がある。
 もう1名は観光学の教員出身のタイ人の学生で、日本人そっくりの顔立ちの女性であるが、前日にパリで半日の試験対策特訓を行い、本番では円滑にプレゼンテーションができて、若干厳しかった論文審査結果を乗り越えて合格した。大学側の都合でスーパーバイザーが3回も変わる不運があったが、最後はアジア人の粘りとタイスマイルで戦いに勝った。
 今回は授業を毎日やりながら、2週間で300ページの博士論文4本を読み込む荒行であったが、学生にとって一生のイベントで勝たせる助けができたことで当方も達成感が高い。

無事Ph.D.学位を取得したエチオピア出身(左)とタイ出身の学生 無事Ph.D.学位を取得したエチオピア出身(左)とタイ出身の学生
無事Ph.D.学位を取得したエチオピア出身(左)とタイ出身の学生

 フランスから帰国して、休みなく、次の大学プロジェクトで、履修者集客の追い込みを行い、本日7月29日、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(慶應大学日吉キャンパス)で、グローバル融合セミナー“Project & Program Management for the Grand Design”の初日を迎えた。継続が保証された単位授業ではなくプロジェクト制のセミナーであるので、毎回毎回が勝負であるが、6回目(6年目)を迎えられたのは、ひとえに、親プログラムである”Grand Design by Japan Program”を主宰する姉川知史教授の情熱とご尽力あってのことだ。
 本講は、社会人・教員・大学院学生・学部生融合のオープン・イノベーション研究セミナーの位置づけにあるが、今年はグローバルセミナーにふさわしく、(教員側を除く)26名参加のうち、11名が外国人で、外国人の国籍は、フランス、ドイツ、ロシア、コロンビア、中国、韓国、フィリピンである。社会人3名、研究者1名、大学院生22名の構成で、学生の母体は6つの大学院研究科(慶應3、東大2、ミュンヘン工大)と多彩となった。
 英語での分科会討議や発表も極めて質が高く、国内開催としては大変良いレベルで推移している。  ♥♥♥


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